第21話 始まりの合図
季節は巡り、俺は進級しすずは小学校に入学することになった。
入学式は俺も学校があり行けなかったが、朝ランドセルを背負い式用の服を着こなしている姿を見て、成長を感じた。
「なんではるこないの?」
と純粋な目で何度か聞かれたが、それは俺も聞きたかった。何故行かせてくれないんだ、と。
すずと共に母に訴えると「普通は親だけ行くのよ」と諭され諦めた。
日本史の授業中、入学式に出席している母から画像が送られてきた。こっそり見ると、“入学式”と書かれた立て看板の前に立つすずの写真だった。
少し緊張の色を含んだ顔立ちで立つすずを見て、授業中だということも忘れて微笑んだ。
続けてもう一枚写真が送られてきて、それには大智も写り込んでいた。
すずと肩を並べてピースサインをしている姿に苛立ちを覚える。そうか、このガキも同じ学校か。
「すずめちゃんもとうとう小学生か〜。早いもんだな」
授業を終え昼休みに入ると、航太が一体誰視点なのかと思うようなことを窓際の俺の席でパンを食べながら言う。席を返せと言っても返さない。
まぁ確かに、航太はすずが三歳の頃から会っているから、そう思うのも無理はないかもしれないが。
例年通り、今年も航太とは同じクラスだ。
偶然にしては続きすぎている、と最近少し怖くなってきた。航太は特に気にしていないようで、「神のイタズラかな」と気色の悪いことを言っていた。
俺と華の関係も変わらず順調だった。
クラスは離れたが、そのおかげか今回は友達が出来たようで安心した。
俺といるせいで華に悪い噂が立つのはあまりいい気がしない。
「ハルくんっ」
教室の外から呼ばれた声に反応し、見ると華がいた。仲良くなったばかりの友達を連れて。
小さく手を振ってくるから、手を振り返すと嬉しそうに微笑み去って行った。
華が友達と楽しそうに談笑する姿を見た航太が、小さく「クラスが離れてよかったかもな」と呟く。
これには思わず「……あぁ」と肯定の言葉を返してしまった。
*
帰宅すると、既に帰宅していたすずが走って俺を出迎えた。
「はる!おかえり!」
毎日会っているのに、俺が帰ると嬉しそうな声を上げるすず。「ただいま」と頭を撫でると、まるで子犬のように笑った。
明日から本格的に授業が始まると母から聞き、俺は一番大事なことをすずに聞いた。
「大智のクラスは?」
聞かれたすずがなぜそんな事を聞くのか、と言いたげな顔で見つめてくる。
「だいちゃん、いっしょじゃなかった」
とすずは大して悲しくもなさそうな顔で答え、俺はそれを聞いて安心の息を吐いた。
翌日、登校の準備をし玄関に向かうと、先に玄関にいたすずが「はる!はやくはやくっ」と靴を履いて俺を急かしてきた。
すずの通う小学校は俺の通う高校のすぐ近くにある。小学校と高校だと帰りの時間が合わないから迎えには行けないのが難点だが、朝はこれからも俺が送ることになった。
元々それも視野に入れて選んだ高校だったから、予定通りだ。母は気味悪がっていたが。
迫り立てるすずに「はいはい」と言い、俺も靴を履き玄関の扉を開け外へ出ようとすると、
「ちょっとかがんで!」
とすずが俺を引き止め、屈むよう言ってくる。
また何か可愛い我儘でも言うのかと思い、扉を閉め要望通りすずの身長に合わせて屈む。
そんな俺達の声に反応し、母がリビングから顔を出し「早く行きなさいよ〜」と呆れ顔で言っているが、お構い無しだ。
「どうした?」
本当ならもう少し急がなければならない時間だが、優しく聞くと何を企んでいるのかすずが楽しそうに笑う。
ーーそうして油断していると、突然唇に柔らかい何かが当たった。視界一杯にすずの顔が映っている。
「あら」
母が思わず口にした声は俺の耳には届かず、この感触が何なのかと考えているうちにすずは顔を離し「えへっ」と笑った。
「はる、だいすき」
すずは満面の笑みを浮かべ言うと、そのまま楽しそうに玄関の扉を開け出て行った。俺はというと、放心状態で固まったまま動けないでいる。
それは、俺にとって初めてのキスだった。
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