第20話 雨音
「はるがいない」
そうすずが泣いていると聞いた俺は、走って大智の家へと向かっていた。
大智の家は一度母から教えてもらったとき、我が家から割と近かったのでよく覚えている。
道中、信号待ちの時間で「今日行けなくなった、ごめん」と華に連絡をし、少しすると「わかった」と返事が来た。
必ず埋め合わせをすると送り、信号が変わるとまた走った。
この時の俺はすずのことで頭が一杯で、待ち合わせの駅で1人、華が何を考えていたのかなんて気にもしなかった。
大智の家に着きインターホンを鳴らすと、大智の母親が出てきた。
その後ろから母も出てきて「来るのはやっ」と呟いた。誰が電話をかけたせいで俺がここにいると思ってるんだ。
奥からすずの泣く声が聞こえる。
大智の母親に軽く挨拶を済ませ泣き声の元へ向かうと、リビングに座り込み俺の名前を呼びながら泣き喚くすずがいた。
大智はすずが泣いているのをどうにか収めようと必死に声をかけている。
「すずめ!おれのおきにいりのオモチャかしてやる!」
そう言い大智がすずに差し出したのは、男児達に人気のヒーロー人形だ。
そんな物すずが好きなわけないだろ、と頭の中でツッコミを入れ「……すず」と囁くように名前を呼べば、大智の声も届かないほど泣いていたすずはすぐに俺を見た。
「……はるっ!」
俺を見つけると、すずは流れる涙を止められずボロボロの顔で立ち上がり、俺の方へ走ってくる。
転びそうによろよろと走り、俺の膝にしがみつくと「はるがいないとたのしくないよ……」と小さく呟いた。
最近はもうすっかり普通の子供で俺を求めることもないと思っていたが、それは違ったらしい。
すずにとってはまだまだ俺が一番なんだな、と思うと自然と笑みが溢れた。
そして、少し離れた場所から大智が悔しそうに俺を見ていることに気付いた。
その姿に、俺は大人気なくも優越感を感じた。
すずが泣き止むと、すずと大智は予定通りクッキーを作り始めた。
台所で台に乗り、小さな手で生地の型抜きをしている。
大智の母親が2人に手取り足取り教えているのを、俺はリビングのソファから眺めていた。
「……予定はよかったの?」
すると、母が神妙な面持ちで俺に問いかけた。家を出る時の母の言葉といい、俺の予定が恋人との予定だと薄々気が付いているのだろう。
「大丈夫だよ」
告げると、母は少し息を吐き、
「……来てくれたのは有難いしすずめちゃんも喜んでるけど、傷付けないようにしなさいね」
と忠告した。
「どっちも大事にできるような器用な子じゃないんだから、あんた」
まるで俺の心を見透かしているようで、少しの苛立ちを覚えた。
*
冬休みが明けると、あれ以降会っていなかった華と教室で再会した。
華は変わらず、優しい笑顔で「クリスマスの埋め合わせ、何してもらおっかな〜」と言ってくれた。
何処で聞きつけたのか、航太にもクリスマスのドタキャンを知られていて「お前サイッテーだな!」と教室のど真ん中で言われたが、さすがの俺も何も言えなかった。
最低なのは自分が一番よく分かっている。
ある日の休日、俺は華と映画館に来ていた。
クリスマスの埋め合わせで、なるべく華との時間を作ろうと思い俺から誘い、華は二つ返事で了承した。
楽しみだと笑ってくれて、やっと少し安心した。
電子掲示板にある公開中映画の一覧を見て、華が「これ見たかったんだ!」と言って指を指したのは恋愛映画だった。
“春風のような彼女”
平凡な男子高校生の主人公が、明るく優しい担任の教師に恋をしているという話だ。
飲み物を買い、開場の時間になったので入場する。今話題になっている映画のようで、席は結構埋まっていた。
少しすると、会場が暗くなり本編が始まる。
10歳以上の年の差と、教師と生徒という関係から、互いに想い合っているが社会がそれを許さない。
気持ちを伝え合い隠れて付き合うことになるが、幸せな時間はひと時で次第に周りの人間が2人を怪しみだす。
それに気付いた主人公が彼女を世間から守るために別れを告げ、互いに想いを残したまま卒業し淡い恋の記憶だけが主人公に残り、春が来る度にあの日を思い出すという悲恋だった。
俺は恋愛の何たるかをそもそも理解していないから、片想いのほろ苦さや主人公の葛藤に共感はあまり出来なかった。
だけど、別れの日に主人公と教師の彼女が最後のキスを交わした場面は妙に胸に刺さり、何故か目が離せなかった。
華も同じだったのか、映画が終わり会場が明るくなると「最後、すごく悲しかったね……」と目を潤ませていた。
映画館を出て次はどこに行こうかと話しながら歩いていると、薄暗い空から雨が降り出した。
雨足は強くなる一方で、雨宿りのついでに近くにあったカフェに入ることになった。
席に座り、さっき見た映画の話をする。
「あんなに幸せそうだったのに、結ばれなかったね」
しみじみと華が言う。
俺が正直に、恋愛映画は理解するのが少し難しいと伝えれば、華は「私がいるのに〜」と眉を下げて笑った。
酷い言葉を言ってしまったと思い謝ると、気にしていないとすぐにまたいつもの笑顔に戻った。
「禁断の恋って、やっぱり叶わないのかなぁ」
華がなんとなく呟いた言葉。
すずもいつか、あんな風に恋をするのだろうか。兄の俺ではない、誰かに。
そう思うと胸が小さく痛み、目の前にいる華の声が遠くなる。
聞こえるのは、雨の音だけだった。
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