第19話 雪

「俺も彼女ほしいな〜」

 昼休み、静かな図書室で1人本を読んでいると航太が目の前に座り呟いた。

 こんな所にまで付き纏ってくるな、と苛立ちを含んだ声で言うがヘラヘラと笑って流される。


 華がクリスマスのことを教えたのか、航太は頻(しき)りに「もうクリスマスかぁ……」と呟いている。


 季節は冬になり、もうすぐ冬休みで期末試験を控えていた。

 俺はそれなりだがこいつはもっと焦らないといけないんじゃないか。

 能天気な航太の相手をするのが面倒で、無視して俺は本を読み進める。


「ハルさぁ、真山のこと本当に好きなん?」


 それまでボソボソと独り言を言っていたくせに、突然真面目な顔して問いかけてくる航太。

 質問の意味が分からず「なんでだよ」と聞けば、航太は小さくため息を吐いた。


「確かにハル、女子の中では真山と1番話してるし、真山の前では笑ったりもするけどさぁ」

 そう語る航太は、まるで百戦錬磨の恋愛マスターみたいな口振りだ。心做しか、目を細めて顔もキメているように見える。


「好きな人と接するときって、もっと幸福感とか高揚感とか……なんかない?ハルにはそれが感じられないんだよな〜」

 意気揚々と語る航太に若干のウザさを感じつつ、どこか納得する部分もある。


 今まで初恋や片想いを経験したことがないから、どんな感情が恋愛に結びつくのかイマイチ分からないまま華と付き合っている。

 もし航太の言うように幸福感や高揚感?を感じる物が恋なら、俺は果たして恋をしているのかと疑問に思う。


 華のことは人として尊敬していて、純粋で優しい性格に癒されもするし、何よりずっと笑っていてほしいと思うが、恋じゃないならこの感情は一体なんだ?

 華は、こいつの言うようなものを俺に感じているのだろうか。


 珍しく航太の言葉に考えさせられたが、相談するのも癪だったので特に話しはせず、結局答えは分からず終いだった。



 期末試験を無事終えると、冬休みがやってきた。

 航太の試験結果は言うまでもない。冬休みに補講が決まり落ち込んでいたが、自業自得だ。


 幼稚園も休みに入り、母がパートに集中できるよう俺はなるべく家にいるようにしていた。

 華には申し訳なかったが「私が会いに行くから大丈夫だよ」と言ってくれて、クリスマスまであと数日の今日も我が家に来てくれていた。


「クリスマス、どこに行こうか?」

 子供みたいにワクワクした顔で俺に問いかける華。

 すずは遊び疲れたのか、胡座を組んだ俺の膝に頭を乗せ眠っている。

 行きたいところがあるのかと聞くと、華は候補を幾つか提案した。


「今やってる映画も気になるし、流行りのカフェもいいなぁ……あっ、でも高校生らしくゲームセンターに行くのも楽しそう!ハルくんとプリクラ撮りたいな〜」


 想像しながら楽しそうに候補を挙げる華は、いつもの落ち着いた雰囲気と違い高校生らしく、見ていて楽しかった。


 華の挙げた候補は、普通の高校生カップルならクリスマスにわざわざ行うことではないかもしれないが、俺が幼稚園の送迎や休日にすずと過ごすことを優先しているから、その普通のことを行えないでいた。


 華に我慢を強いていると自分でも理解はしていたが、すずが幼いうちは仕方ない、と言い訳をこじつけて自分を納得させていた。

 そんな俺に、優しい華は何も言わないでいてくれた。


「ハルくんは行きたいところある?」

 行きたい所が多すぎて決まらないと思ったようで、今度は俺に聞いてきた。


「んー……」

 しばらく考えてみるが、特に何も浮かばない。

 普段からすずのことばかり考えているからか、自分のしたいことにあまり関心がない。

 ここ最近は、すずのしたいことに合わせての行動しか取っていないな……と気が付くと、なんだか“兄”の範疇を超えているような気さえしてくる。


「……俺は特にないな」

 素直に言うと、華は少し残念そうな顔をして「そっか……」と返事をした。

 その顔に少しの罪悪感を感じ「華のしたいことしよう」と言うと、華は眉を下げ悲しげに笑った。


      *


 そして、クリスマスの日がやってきた。天気予報ではホワイトクリスマスになるのでは、と言われていたが空は思いの外晴れている。


 すずは予定通り母と共に大智の家へ出かけて行き、俺も華との待ち合わせ場所に向かうため家を出ようとしていた。


 俺に予定があると知った母は何か勘づいているようで、家を出る直前「遅くなってもいいのよ?」と不気味な笑みで言ってきた。

 すずも俺が一緒に来ないことを変に思ったのか、少し不機嫌だったように思う。


 家を出て待ち合わせ場所の駅に着き、華を待つ。


 待ちながら、出掛のすずの不貞腐れた顔を思い出し1人でクスリと笑っていると、上着のポケットに入れていた携帯が鳴り出した。


 華だろうか、と携帯を取り出し画面を見ると、母からの電話だ。

 すずに何かあったのかと思い急いで電話に出ると、申し訳なさそうに母が告げた。


「すずめちゃんが、春樹がいないって泣き出しちゃって……最近はこんなことなかったのに」


 母の声と共に、薄らすずの泣いている声が聞こえる。とても悲しそうな泣き声。


 母の言葉に何もなくて安心したのと同時に、途端にすずが恋しくなった。

 早く泣き止ませに行かないとーー

そう思ったら、勝手に体が動いていた。



 さっきまで青く澄んでいた空は陰り、いつの間にか淡く白い粒が降り始めていた。

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