第18話 約束

「ハルくん、すずめちゃんのお迎え今日も行くよね?」

 いつからか、俺達は名前で呼び合うようになっていた。


 学校の帰り道で華に問いかけられ肯定すると、

「すずめちゃんの通う幼稚園にお母さんの知り合いの息子さんが通っててね、大智くんって言うんだけど」

と急に聞き慣れた名前が出てきた。


 大智というと、あのクソ生意気なガキのことだろうか。そいつでないことを願うが、「中島大智くん」と華が続けたから俺の願いは一瞬で塵と化した。


「大智くんとこの間会った時、すずめすずめって言ってたからもしかして友達かなって思って」

「友達じゃない」

 即答すれば、華は「え、そうなの?」と不思議そうな顔をした。


 華に大智の話をした理由を聞くと、「すずめちゃんとクリスマスに遊ぶ約束したんだって」と言う。

 クリスマスまではまだ2ヶ月もある。


 随分先のことを約束したんだな、と思うと同時に、すずがクリスマスに会うことを承諾したのか?と疑問に思う。


 すずは相変わらず執拗い大智に苦手意識を抱いているから、そう簡単に誘いに乗るとは思えない。

 今までも、幼稚園以外ですずと大智が遊んでいた記憶は無い。

 何故大智がそんな約束に漕ぎ着けたのか、見当もつかなかった。


 俺が不審に思う顔をしていると、華はクスッと笑い「大智くんのこと、嫌いなんだ?」と俺の心の内を見透かしてきた。

 否定出来ずに「……別に」と返せば、分かりやすかったのか華はさらに笑った。


「すずめちゃんのお迎えついでに、2人の関係を覗いてみようと思うんだ」

 と、まるですずと大智に何かあるみたいな口振りに少し苛立ちを覚える。


「大した関係じゃない」と苛立ちを含んだ声で言えば、「出た、ハルくんの兄バカ」と言われ俺は図星で何も言えなくなった。



 華と幼稚園に着くと、俺に気付いたすずがこちらへ走ってきた。

「はる!」

 俺の名前を呼び嬉しそうに走ってくる姿は、何度見ても飽きない。


 勢いよく抱きつき受け止めると、下から俺を見上げるすず。目が合い微笑むと、すずもニコリと笑った。

 そして華の存在に気付くと「はなちゃんだ!」とまた1段テンションが上がり、俺は一気に華への嫉妬の気持ちが沸く。


「すずめちゃん元気だねぇ」と華がすずに声をかけると、離れた場所から「あっ!」と声を上げる子供の声がした。

 声の方を見れば、こちらを指差す男児がいた。大智だ。


 大智は走って華の前へ来ると「おねえちゃんなんでいるの!?」と近距離なのに遠距離の声のまま言った。

 俺が大智の声に不快な顔をすると、すずが小さく「だいちゃんうるしゃい……」と呟いた。

 俺も同じ気持ちだ、と頭を撫でる。


 どうやらすずは大智のことを“大ちゃん”と呼んでいるらしい。

 そんな可愛い呼び方をしたら、このガキがどんどんつけあがるんじゃないかと心配だ。


「大智くんこんにちは」と華が挨拶すると大智もまた挨拶を返し、華の隣にいる俺をちらりと見た。

 目が合うと大智は体をビクつかせ、すぐに目を逸らし「……なんでおねえちゃんとすずめのにいちゃん、いっしょにいんの?」と聞いてきた。


 そんなことお前に関係ないだろ、と目で語るが、大智は俺と目を合わせないようにしているようで気が付かない。


「はなちゃん、はるとなかよしなの」

 華が俺たちの関係を子供にどう伝えていいかと迷っていると、代わりにすずが答えた。

 その答えに「ふーん……」と納得のいかなそうな相槌をする大智。


 その顔に軽く腹が立ち、

「クリスマス、すずと遊ぶんだって?」

とまるで信じていない声で、気になっていたことを大智に聞いてみる。

 すると大智はあれだけ俺に怯えていたのに、突然目を輝かせて「うん!すずめと約束した!」と俺の目を見て返事をする。


 本当かよ、と未だに疑っている俺に華が気付いたのか、「クリスマスは大智くんと何するの?」とすずに聞く。


「いっしょにクッキーつくるの」


 大智の虚言だと思っていたが、すずが否定しなかったことで漸く事実だと分かった。

 きっとすずがクッキーが好きだと知り、食べ物で釣ることにしたんだなと容易く想像できる。


 話していると大智の母親が迎えに来て、大智は一足先に帰っていった。

 帰り際、すずに「約束だからな!」と念を押していたが、俺は帰宅したら約束を破るよう言おうと思う。


 すずと手を繋ぎ、俺達も帰ろうとすると華がボソリと「いいなぁ」と呟いた。

 その声を聞き思い至る。

 よく考えたら、恋人同士ならクリスマスは一緒に過ごすべきなのだろうか。

 そんなことにまで気を回していなかった。

 大智の件が無ければ、今年も家族で過ごしていただろう。


 そもそもまだ2ヶ月もあるのに……と華を見ると、何やら物憂げだ。

 やはり華も女だから、そういうのには憧れがあるのだろうか。


「……クリスマス、俺達もどっか行く?」

 小さく聞くと、華は驚いた様子でこちらを見て「……行くっ!!」と声を上げた。


 余程嬉しいのか、華は

「約束だよ」

と先程の大智のように念を押した。

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