第16話 心を許せる友達

 真山の顔がみるみる赤くなり、俺は聞こえた言葉が冗談ではないと気付いた。


「あっ、えっと……違うの!あの……何が違うというとですね……」

 両手を勢いよく振り、何やら必死に誤魔化し始めた真山。口ぶりが変になっている。


「ほんとに違うの!あの……ほんとに…………」

 繰り返していた否定の声は段々と小さくなり、遂に黙り込んでしまった。

 俺も早く何か言わなければ、と思うのに上手くいかない。

 こういう時、自分が無力だと感じる。


 沈黙の時間がしばらく続き、黙り込んでいた真山が小さく口を開いた。

「……うそ。本当だよ」


 俯いたままだった真山が、俺を見る。まっすぐな眼差しで見つめられ、俺は漸く重い口を開けた。


「……ありがとう」

 なんと言っていいか分からず在り来りな言葉を言えば、真山は「……うん」と微笑んだ。

 その笑みは、まるで期待なんてしていないようだ。


 真山の気持ちなんて、考えたこともなかった。

 女で唯一心を許せる友人だとは思っていたが、付き合うとかいう選択肢はなかったし、そもそも俺は航太と真山がイイ感じだと思っていたから。


 だけど別に嫌なわけじゃない、寧ろ有難いと思っている。

 女に対して偏見が強い俺が、人として尊敬し、これからも仲良くできればいいと思える人だから。


 そんな風に思うということは、俺も真山のことが好きなんだろうか?

 友人が恋人になって何かが変わるとしたら、それはなんだ?


 頭でいくら考えても答えは見つからない。


「あのね、本当は言うつもりなかったの」と真山は切り出す。

 俺が迷っていることに気付いたようだ。


「井上くんの頭の中は、いつもすずめちゃんでいっぱいだから」

 真山は「過保護だもんね」と眉を下げて笑った。


 自分が過保護なことには薄々気付いていた。

 すずを優先しすぎなことも、いつもいつもすずのことばかり考えて悩んだり喜んだりしていることも、すずに何か起きれば走って駆けつけることも、そんなに俺が構う必要なんかきっとない。


 それなのにいつも俺は、まるで自分の子供に構うかのようにすずに接している。

 血は繋がっていなくても、複雑な境遇でも、俺達はただの兄妹だ。


 すずが泣いたら悲しいのも、すずが喜んだら嬉しいのも、俺を求めるすずの気持ちに添いたいのも、ただの兄には必要のないことなのだろうか。

 普通の兄妹って、なんだ?


「井上くんはすずめちゃんが大好きなんだね」

 真山の言葉で、別の場所に行っていた意識が戻る。


「そんな井上くんだから、好きになったんだよ。いつか私にも、すずめちゃんに笑うみたいに笑ってくれないかなって……」


 そう言う真山は、何だか消えてしまいそうで。

 俺はそんな風にすずに笑っていたんだろうか。その笑顔を、他の誰にも見せていないんだろうか。


 真山を傷つけたくはない。俺は真山の言葉に救われたことがあるから。

 初めて真山と話した日の、あの言葉。


“確かに顔は少し似てないかもしれないけど、妹さんが井上くんのこと大好きなんだって伝わってくる写真ばっかりだよ”


 真山のこの言葉は、血の繋がりよりも俺とすずの心の繋がりを分かってくれたようで、嬉しかった。


 だから、真山には笑っていてほしい。

 優しくて暖かい、真山の想いに応えたい。


「……じゃあ付き合う?」

「…………えっ!?」


 口に出してみれば、真山は数秒止まって驚きの声を上げた。

 まさかそんなことを言われるとは、と言いたそうな顔だ。


「俺は……正直まだ気持ちとかは分からないけど、真山と話すのは好きだよ」

 気持ちをそのまま口に出せば、妙にスッキリした。

 真山は俺の言葉を静かに聞いている。


 真山の目の前まで歩くと、頬を染めて俺を見つめた。

「もし付き合っても、すずのことばっかりで不満も感じさせるかもしれない」


 分かってはいるが、人はそう簡単には変わらない。

 俺はすずがこの世で1番大切で、守りたい。

 だから、恋人を優先すべき場ですずを優先してしまうかもしれない。

 女が最も忌み嫌う行動だろう。


「真山がそれでも耐えれるならーー」

「耐えれる!!」


 俺の言葉を遮って真山が返事をした。

 すごい勢いで答えるから驚いていると、

「私、文句言わないよ!すずめちゃんに井上くん取られても!」

と必死な顔して言うから、面白くて笑ってしまう。


「ハハッ、なんだよそれ」と久々に声を出して笑えば、真山は嬉しそうな声で「なんで笑うのー!」と怒りだした。



 真山の16歳の誕生日、俺達は友達ではなくなった。

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