第15話 華の声ー②ー

「真山ってさ、ハルのこと好きだろ」

「……えっ!?」


 お気に入りスポットである裏庭のベンチに座っていると、突然柳くんが言い当てた。

「正確には、最近好きになった……か?」

 占い師かと思うほど言い当てられて、「なんで分かるの!?」と聞けば柳くんは楽しそうに笑った。


 柳くんとは、井上くんと話すようになってすぐに仲良くなった。

 人当たりがよくて友達も多く、誰とでも仲良くなれるタイプで私は密かに憧れていたりする。


 そんな柳くんも一人で落ち着きたい時があるみたいで、ある時私が隠れてお気に入りスポットにしていた日のよく当たる裏庭で、彼が一人でいるところに鉢合わせた。


 お互いに気に入っている場所だったから、鉢合わせた時は二人で青い空を眺めながら世間話をして過ごす、というのが最近の日課だった。


 この日もいつも通り世間話をしていたはずなのに、なんでこんな話になっちゃったんだろう。

 顔に出てたのかな、と恥ずかしくて両手で顔を覆っていると、「何となくだけどな」と柳くんはニコリと笑った。


「いやぁ、それにしても意外だなぁ」と、彼が呟くから不思議に思う。

 井上くんは女の子から人気があるから、私が好きになるのも珍しいことではないと思うけど。


 気になってどうしてか聞いてみると、


「真山は他の女子と違ってハルの顔全然見てないじゃん。話してる時の内容もほとんどすずめちゃんの話だし、ハルに興味が無い子かなって思ってた」


と言われ、確かに最近まで井上くんのことを恋愛対象には見ていなかったけど、と納得する。


 そんなにあからさまだったかな?と思うと同時に、周りのことをよく見ているんだなと感心した。


 だけど、あんなことがあったらどんな女の子だって好きになるよ!と柳くんに一連の流れを伝えると、項垂れながら「ハル……ずるい奴め……」と呟いていた。


 それから柳くんにはたまに恋愛相談をするようになった。

 柳くんは井上くんと二人きりにしてくれたり、会話に混ぜてくれたりと恋の協力をしてくれるようになって、私はそれが嬉しい反面少し恥ずかしかった。


 すずめちゃんと仲良くなればなるほど、井上くんとも益々仲良くなれているように感じた。


 付き合いたい、なんて烏滸(おこ)がましい事は考えていなかったけど、こんな風に私にだけ笑顔を向けてくれる井上くんに、たまに勘違いしそうになる。


 すずめちゃんのことが一番で、それ以外のことは全部後回しな井上くん。

 そんな彼を理解できるのもきっと私だけ、なんて自惚れてしまうのは、私が女という生き物だからなのかな。


      *


 夏休みに入ったらしばらく会えないだろうな、と思いながら自室の机で勉強していると井上くんから連絡が来た。


「すずが真山に会いたがってて……暇な日に遊んであげてくれないか?」


 相変わらず井上くんはすずめちゃんのことで頭がいっぱいみたいだったけど、嬉しかった。

 すずめちゃんを口実に彼に会いに行ける、と。


 井上くんはよく私を「純粋」って言ってくれるけど、全然違う。

 すずめちゃんのことを口実なんて言って、私って案外性格悪いんだよ。

 井上くんの誘いを受け入れた後、自身の狡猾さに胸が痛んだ。


 自分の性格の悪さを実感し、お詫びでクッキーを焼いて持っていくと、すずめちゃんは毎回すごく喜んでくれた。

 小さな女の子のはしゃぐ姿に、また胸が痛む。


 そんなすずめちゃんを見つめて「ちゃんと礼が言えて偉いな」なんて井上くんが優しく微笑むから、私は胸が熱くなるのを感じた。

 私もいつか、こんな風に微笑んでもらえるかな。


 あらぬ期待を抱き、すぐに「だめだめ!」と首を振って我に返る。

 彼の人生はすずめちゃん中心で、私が隣に立つのは無理だと分かっている。

 それなのに、会えば会うほど期待は膨らんでいった。



 8月31日、私は16歳になった。


 夏休み最終日だからと、柳くんに誘われ井上くんの家にお邪魔した。

 もう何度お邪魔したか分からないくらい、すずめちゃんを口実に好きな人に会いに来ている。

 柳くんは「家の用事がある」と言って先に帰ったけど、多分気を使ってくれたんだと思う。


 すずめちゃんと遊んでいるうちにすっかり日が暮れてしまい、井上くんが送ってくれることになった。

 嬉しくて、一度帰ろうとしたのを引き止めてくれたすずめちゃんに感謝した。


 今日誕生日なんだよ、と聞かれてもないのにわざわざ伝えるのも気が引けて、結局井上くんには伝えなかった。


 だけどやっぱり「おめでとう」の一言だけほしくて、帰り道でふと伝えてみると井上くんは驚いた顔をして私を見つめた。


 恥ずかしくなって話を逸らすと、珍しく焦った様子で話を戻され、

「ここで待ってろ」

と井上くんはコンビニに走っていった。


 戻ってきた井上くんはたくさんのお菓子を詰め込んだ袋を差し出して、

「こんなんでごめん。誕生日おめでとう」

と言ってくれた。


 知らなかった。好きな人から誕生日を祝ってもらえることが、こんなに嬉しいなんて。

 一言貰えたらくらいの気持ちだったのに。


「16歳もよろしくな」

 小さく微笑みまた歩き出す井上くんの背中はやっぱり男の子で、私は大きな袋を見つめて

「……やっぱり好きだなぁ……」

と、つい本音を呟いた。


「…………あっ」


 不意に出た言葉に自ら驚いて、急いで口を手で覆い前を見ると、井上くんが綺麗な顔で私を見ていた。



 もしかして私……やってしまった?

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