第13話 不意に出た気持ち
高校に入学してしばらく経ち、季節は夏に突入しようとしていた。
蒸し暑い梅雨に入り、教室はどんよりとした空気が漂っている。梅雨の時期は周りが多少静かになるから、俺は好きだ。
いつも騒がしい航太も珍しく静かで、それはそれで少し落ち着かなかった。騒がしいことに慣れてしまったのだろうか。
そんなある日の放課後、ホームルームが長引き急いで幼稚園に行こうと外へ出たが、途中で携帯を机の中に忘れたことに気付いた。
最近のすずは俺の迎えが遅いと不貞腐れた顔をするようになり、たまに「はるおそい」と文句も言ってくる。
そんな所も可愛いが、機嫌が悪くなるとしばらく口を聞いてくれなくなるからなるべく早く迎えに行きたい。
足早に教室の前まで行くと、クラスの女達がまだ残っているようで笑い声が聞こえた。
「でもさぁ、ハルくんもハルくんじゃない?」
途端に1人の女が俺の名前を出したから、つい教室へ入るのを躊躇うと女達は会話を続けた。
「真山さんだってさぁ、絶対ハルくんに気があるじゃん?じゃなきゃあんなに毎日話しかけるわけなくない?」
「気付いてないのハルくんぐらいだよね〜」と嘲笑している女達の声は不快で、ため息が出そうだ。
「そもそも真山さんってあざといじゃん?カラオケの時も1人だけいい顔してさぁ、最初からハルくん狙いだったんじゃない?」
「今じゃ柳もたらし込んでるもんね」
「それそれ〜!ハルくんと柳が仲良いからでしょ絶対!」
好き勝手に話す女達に嫌気が差すが、悪い意味で盛り上がっていて妙に入りずらい。
俺が教室に入れないでいると、後ろから「井上くん」と聞き慣れた声がする。
振り向くと、真山が立っていた。
「……何か忘れ物?」
そう問いかける真山の顔はいつものように優しい笑顔だったが、何処か悲しげに映った。
「これでハルくんがあの子に落ちたら、趣味悪すぎて引くんだけど〜!!」
女達の耳を劈く嘲笑に、俺はとうとう我慢が出来なくなり教室へ入る。
女数名で下品な笑い声を上げる中、俺がいることに気付いた1人が「あ……」と声を漏らす。
その声で何があったのかと背を向けていた女達が振り向き、俺の存在に気が付いた。
「ハ……ハルくん……」
全員が全員、明らかにやましい事がある顔をしているから少しおかしくなる。
あんなに大きな声で話していたのに聞かれたら気まずいのかよ、と。
「別にあんたたちが何言おうと勝手だけど」と切り出せば、女達はびくりと肩を跳ねさせたように見えた。
「俺はあんたたちより、真山の方が遥かに好きだから」
真山の言葉はいつも暖かく、まだ出会ってから日は浅いが、今まで出会ったどの女よりも良い奴だと本気でそう思っている。
女が得意じゃない俺にここまで言わせるんだ、真山は本当にすごい。
女達は先程までとは打って変わって、俺から目を逸らし静かになっていた。
手短に言いたいことを言い、机の中に置き忘れていた携帯を取り出し教室を出る。
教室の外で隠れていた真山に「帰ろ」と言うと、真山は泣きそうな顔で笑い、頷いた。
そして案の定、幼稚園に着いた頃にはすずの機嫌は頗(すこぶ)る悪くなっていた。
*
あれから、真山を嘲笑していた女達とは碌に話さず夏休みに突入した。
夏休みは航太が課題を持って我が家に来たり、すずの誕生日には真山がクッキーを焼いて来たりとそれなりに賑やかに過ごした。航太は毎回1人で賑やかすぎるが。
すずは航太よりもクッキーを持ってくる真山の方が気に入っているらしく、真山が帰る頃になると「はなちゃんあしたもくる?」と聞くものだから真山も頻繁に我が家に来るようになった。
単にすずはクッキーが欲しいだけなのかもしれないが、真山が悲しむからそれは言わないでおく。
そうして夏休みは最終日を迎えた。
夏休み最終日の今日も真山と航太が我が家に来たが、航太は家の用事があると言ってすぐに帰った。
夕方真山も帰ろうとしたが、すずが引き止めてしまい気が付けば日が暮れてしまっている。
外を見て、さすがに女一人で帰すのはまずいかと「送ってく」と告げ、すずを母に託す。
真山が帰ると知ったすずは不機嫌になり、真山はその様子を見て「私の妹にしたい……」と呟いていた。残念だがそれは無理だ。
真山を家まで送る道中、他愛もない話をする。
「井上くんって、なんですずめちゃんのこと“すず”って呼ぶの?」
「呼びやすいから」
「なにそれ〜!もっと深い意味があるのかと思ってた!」
そう2人で笑っていると、突然真山が思い出したかのように「そういえば、私今日誕生日なんだ」と言った。
「え」
予想もしていなかった言葉に驚き真山を見るが、至って普通の顔をしている。
「明日から学校だね〜」等と何もなかったかのように話題を変えるから、慌てて声をかけ話を止めた。
「……今日、誕生日?」
改めて聞くと真山は「そうだよ?」とそんなに重要ではない、みたいな顔をして答えた。
誕生日を祝っていないというのもそうだが、そもそも今まですずに沢山お菓子をくれたのに、俺は一度も礼をしていない。
それは人としてどうなんだ、と漸く大事なことに気付いた俺は「ちょっと待ってろ」と真山を置いて近くにあったコンビニに入った。
真山を外に待たせたまま、目に付いたスナック菓子をありったけカゴに入れ会計をする。
会計を終え外に出ると、真山は「何買ったの?」と俺の持つ大きな袋を不思議そうに見つめる。
袋ごと真山に差し出し「こんなんでごめん。誕生日おめでとう」と言えば、真山は目を見開いて「えっ!?」と声を出した。
「こ、こんなに!?」
驚きながら受け取り、途端に笑顔になる真山。
「こんなの初めてだよ〜!ありがとう!」
弾けるような笑顔に安心し、俺も笑みを漏らす。
すっかり満足し「16歳もよろしくな」とまた歩き出せば、後ろから小さく
「……やっぱり好きだなぁ……」
と呟く声が聞こえた。
「…………あっ」
俺が振り向くと真山は口を手で覆い、少しすると頬が赤く染まった。
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