第12話 はなちゃんとクッキー

「真山、次の移動教室の場所忘れたんだけど、どこだっけ?」


 カラオケの一件があり、あの時隣に座っていた女とは普通に話すようになった。

 改めて“真山華”と名前を教えてもらい、俺の中で真山は女で唯一まともに話せる人間になっていた。


「じゃあ、私案内するよ」

「助かるわ」


 俺と真山が隣立って次の授業の教室へ向かっていると、呼んでもいないのに航太がやって来る。

「……え、どういう関係?」

 俺が女と行動しているのがおかしいと思ったのか、困惑した様子で聞いてきた。


 確かにあまり女とは話さないが、そこまで不審な顔をするほどではないだろ。

 俺が航太の質問を無視していると、

「そういえば、柳くんと井上くんって幼馴染なんだよね?」

と真山が話題を振る。


 話題を振られると、航太は偉そうな顔で「おう、幼馴染兼親友だ」と当然のように嘘を吐く。ずっと否定しているのにいつになったら理解するんだ。

 純粋な真山が「すごーい!仲良しだね!」と航太の言葉を真っ直ぐ受け止めるから、気をよくした航太はそれ以降、よく真山に話しかけるようになった。


 しばらく経つと、いつの間にか航太と真山は仲良くなっていて、たまに裏庭で2人きりで話しているようだった。

 楽しそうに何の話をしているのか気にはなったが、さすがの俺も邪魔をしてはいけないと察してしまう。


 恐らく、航太が優しい真山に想いを寄せてるんだろう。普段から俺に冷たくされて、純粋で気遣ってくれる真山に落ちたのか、と勝手に推測した。

 真山も満更でもなさそうだし、付き合うのも時間の問題かな。


      *


「妹さんの名前、すずめちゃんって言うんだね」


 航太が次の授業の課題がまだ終わっていない、と泣きついてきて仕方なしに手伝っていると真山が声をかけてきた。


「柳くんから聞いたの、大人しくていい子だって」

 ふわりと笑って「名前もかわいいねぇ」と言われると、「ふっ……」と声を出して笑ってしまった。

 真山は俺がなぜ笑ったのか分からないようで、きょとんとした顔をしている。


「ごめん、よくかわいいって言うから。前々から思ってたけど真山って子供好きだよな」

 そう言うと真山は「うん!」と笑顔で返してくる。


 何故だか、真山に対しては優しい気持ちになってしまう。真山が子供好きで、他人に配慮ができる人だからだろうか。

 こんな女がいるんだ、と初めて思った。


 きっと俺は、俺やすずのことをなんの偏見もなく見てくれている真山に心を許しているんだ。

 女に心を許す日がくるなんて想像もしていなかったが、真山なら仕方ないかと思う。


「私一人っ子だから、兄妹ほしかったんだぁ」

 真山がそう言うと、途端に航太が課題をやめ「じゃあさ」と声を上げる。


「今度、真山もハルん家行こうよ。すずめちゃんに会いに」


 何勝手に提案してるんだこいつ、と航太の突然の発言に驚き唖然としていると、

「行きたい……けど、迷惑じゃないかな……?」

と真山が子犬のような目をして俺を見てくる。

「……そんな顔されたら断れないだろ」と小さく呟くと、「大丈夫だってさー!」と航太がまた勝手に返事をした。


 航太の勝手すぎる発言に苛立ち、「真山はいいけどお前は来るなよ」と言うと航太は嫌だと騒ぎ出す。

 そして騒いでいるうちに本令が鳴り、結局航太の課題は間に合わずに授業を迎えることになった。



 週末、航太と真山が我が家にやってきた。航太に至っては、わざわざ「来るな」と言ったのに来るものだから程々呆れる。


 母はパートに出ていて、父も急な仕事があり今は俺たちだけだと告げ2人を家に入れる。

 2人が靴を脱いでいると、

「こーたくんのこえがする」

とすずがリビングから顔を出した。


 既に航太によって名前を覚えさせられたすずは、俺が想像していたよりも航太に懐いてしまった。

 気付けば俺が少し席を外している間に笑い合いながら2人で会話するようになっていて、理由も無いのに航太の頭をどついたりしたのはまぁ大人げなかったとは思う。

 まだ大人じゃないから悪いとは思っていないが。


「やっほ〜!きたよ!」と航太はやはりでかい声ですずに挨拶をした。


 航太を見つけたすずは嬉しそうに駆け寄り、もう1人知らない人間がいることに気付いたのか咄嗟に俺の後ろに隠れた。


「この感じ久々な」と航太が笑う。

 初めて会う人間に緊張しているすずの肩を抱き「友達の真山だよ。挨拶しな?」と言うと、すずは小さな声で「こんにちは……」と言った。

 警戒心丸出しの声だが、充分だと頭を撫でる。


 無口で人見知りのこの子供が、知らない人間に挨拶もできるようになったのだと、僅かに感動してしまった。


「すずめちゃん、こんにちは。私は“はな”、お兄ちゃんのクラスメイトなの」

 すずの目線に合わせ、丁寧に挨拶をする真山。

 そんな真山を悪い人間ではないとすずも察したようで、「はなちゃん?」とすぐに名前を覚えた。


 すずに名前を呼ばせるのに半年近くかかった航太が唖然としているのが視界に映る。


「はなちゃんだって!かわいい〜!!」

 子供好きな真山は一瞬ですずの虜になったようで、すごい勢いで感情を溢れさせた。

 すずの警戒心が解けそうなのを感じたのか、

「すずめちゃんにプレゼントがあるんだ」

と真山が紙袋を差し出す。


 すずが紙袋を受け取り中身を気にしていると、

「私お菓子作りが趣味でね、クッキー焼いてきたの」

と言った。

 それを聞いたすずは瞬く間に目を輝かせ、俺の方を向き「はる!クッキー!」と嬉しそうに声を上げた。


 すずがそこまで喜ぶと思っていなかったのか、真山が少し驚いていたのですずの好物がクッキーだと教える。


 俺も最近まで知らなかったが、先日母が職場でクッキーを貰いそれをすずにあげてみると、それまで嫌いなものしか言わなかったすずが「これだいすき!」と言ったから皆して驚いたのは記憶に新しい。


「喜んでもらえてよかったぁ」

 安心したように笑う真山に、すずは「ありがと!」と礼を言い嬉しそうに紙袋を眺めていた。


 真山はあっという間にすずと打ち解け、すずはその日真山が帰ってからも「はなちゃんまたくる?」と俺に聞いてきたりした。


 まんまと餌付けされたな、と雛鳥のようなすずを撫でると「はなちゃんすき」と滅多に言わないすずの“すき”の言葉を聞き、俺は真山に少し嫉妬した。

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