第11話 純粋な言葉

 俺が高校に入学すると、母は計画通りパートの仕事を始め「久々の仕事が楽しい」と嬉しそうに父に話していた。


 すずは幼稚園に通い始めて1年が経ち、大人しいのはそのままだが友達も何人か出来たようだった。もちろんその友達の中に大智は含まれていない。

 あの喧嘩以降も、懲りずにすずにちょっかいをかけ続けているらしいが。


 母が「すずめちゃんのこと好きなんじゃない?」と言うから、1度大智に釘を刺しに行った。

 大智は面白いほどに俺を恐れていて、少し声をかけただけですぐに逃げてしまい釘を指し損ねたが、何だか滑稽で俺は愉快だった。



 俺が高校に入学してからも俺とすずの関係は変わらず、仲のいい兄妹として日々過ごしていた。


      *


「今日みんなでカラオケ行かない?親睦会も兼ねてさ!」

 入学して数日経ったある日、突然クラスの女子が教卓に立って提案した。

 俺以外の殆どが「いいね」「行きたーい!」という反応をしていて、その中には航太もいた。


 航太とは何の因果か、高校ではまた同じクラスになってしまった。

 小学4年生からほとんど同じクラスだなんてどう考えてもおかしい。

 こいつ、教師に賄賂とか渡してるんじゃないだろうな……?と思ったこともある。


 その航太がこちらへ来て俺の肩に手を置き、

「おばさん、今日パート休みって言ってたよな?」

と女に絶対に知られてはならない情報を口に出した。

 案の定、女達が群がってきて「ハルくんも来れるの!?」「絶対来てー!」と騒ぎ出した。


 お前のせいで断れないだろうが……と航太を睨みつければ、漸く自分の犯した罪に気付いたのかあからさまに目を逸らした。

 後で覚悟してろよ、と小さく呟く。


 結局断れず、休みの母にすずの迎えを頼む連絡をすると「友達作りは大事よ」と嬉々として了承された。



 放課後、クラスメイトたちと駅前のカラオケに到着し、人数が多く1つの部屋では収まらないと2部屋に分かれた。


 航太は俺と違い社交的だからか、すぐに俺以外の奴らとも仲良くなったようで男達の中心で騒いでいる。

 昔からあまりにも俺に構うから、てっきり俺以外に友達なんていないんだと思っていたのに。変な奴。


 楽しそうにしている航太とは距離を置き、なるべく目立たない席で静かに携帯を眺めていた。

 いつの間にか空っぽだった携帯のアルバムはすずの写真でいっぱいになっていて、自分で自分が気持ち悪くなる。


 最近すずは俺以外の人間にも口を開くようになり、父と母は初めて声をかけられた時泣いていた。

 昔は無口で笑わなかったすずが今はこんなに表情豊かになったのか、と思い出に浸っていると、突然隣から

「かわいいね」

と女の声で話しかけられた。


 隣を見るが、誰だったか覚えがない。


「あっ、勝手に見てごめんね!」

 女が律儀に謝罪するから、「別にいいけど」と返せば女は話を続けた。


「その子、井上くんの妹さん?」

「……まぁ」


 話す気はなかったが、嫌味のない態度だったから無視するのも失礼かと思い、無愛想ながらも返事をする。

 あまり愛想良くないのにこの女は気にしていないようだった。


「結構歳離れてるの?」

「……10歳離れてる」

「そうなんだ!じゃあ……まだ5歳かな?」


 当たり障りのない会話の中、女が何度もすずを「かわいい」と言うものだから多少気分が良くなる。


「アルバム、妹さんばっかりだね」

 すごく可愛がってるんだね、と微笑みを向けられ、これでは高校でも変な噂が流れるかもなと思った。


 2人で話していると、それまで歌って騒いでいた女達がこちらへ来て「なになにー?」と携帯を覗いてきた。

「え!この子だれ?」と周りで騒がれ鬱陶しく思っていると、先程まで話していた隣の女が「妹さんだって」と俺の代わりに答える。


「妹!?全然似てないじゃん!!」


 1人の女がデカい声で言った。


 その女に釣られるかのように、他の女達も俺の携帯を勝手に覗いて「ほんとだ!似てなーい!」「お兄ちゃんイケメンなのにね」と笑いながら思いのままに声を上げる。


……無神経な奴らばっかりだな、と不快感をあらわにすると隣から「そうかな?」と声がする。


「確かに顔は少し似てないかもしれないけど、妹さんが井上くんのこと大好きなんだって伝わってくる写真ばっかりだよ」


 その言葉を聞き、気を使わせてしまったのかと隣を見れば、別に普通の顔をしていた。


ーーあぁ、この女は他の奴らと違うんだ。

 女だからと航太より冷たく接していたことを、少し申し訳なく思った。


 場が少し落ち着き、

「……あのさ」

と声を出せば女達が一斉に俺を見る。


「俺と妹、血繋がってないんだよ」


「えっ」という誰かの声が聞こえる。


「妹は親を亡くして施設にいて、そこで出会った俺の親が養子にしたんだ。だから血は繋がってないし顔も似てない」


ーー場が白けているのが分かる。

 さっきまで明るく話していた隣の女も、こちらを見て何も言えなくなっていた。


「だから、そういう無神経な言葉はやめてほしい。事情を知らないにしても不快だから」


 言いたいことを言い席を立ち、航太がいるはずの場所を見るがいない。この状況ならあいつが場を和ませに来るかと思ったが、トイレにでも行ってるようだ。


「帰るわ」と吐き部屋を出ると、扉が閉まる寸前で「気まず〜……」という女の声が聞こえた。

 そういう事は完全に俺がいなくなってから言え、とため息を吐きカラオケを出る。



 辺りはもう暗くなっていた。

 夕食には間に合うか、と足を早めようとしたその時、後ろの方から「井上くん!」と俺を呼ぶ声が聞こえた。

 振り向くと、カラオケで隣に座っていた女だった。走って追いかけて来たのか、少し息を切らしている。


「さっきはごめんなさい!」


 丁寧に頭を下げて「私本当に無神経だった!ごめんなさい!」ともう一度謝る。

 その姿を見て、やっぱりこの女は他の奴と違うなと思う。


「別に、さっきのはあんたに言ったんじゃないから」

 そう返せば「でも……」と呟き、罪悪感の滲んだ顔でこちらを見た。

 その顔がなんだか少し面白くて、笑みがこぼれてしまった。


「あれはあんたじゃなくて、他の奴らに言っただけだからあんたは気にしなくていいよ」

 笑って言えば、女は漸く少し安心したようだった。


「ありがとな……妹のこと、かわいいって言ってくれて」

 素直に礼を言うと、女は当たり前みたいな顔して「すっごくかわいかった!」と言った。


 似てるとか似てないとかじゃない、たったその一言で俺は少し救われるんだ。



 帰り道、

「そういえば名前なんだっけ」

と聞けば「ええ!?知らなかったの!?」と驚き、改めて自己紹介をされた。

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