第84話 出張先にて
一月の東海村出張では、新居を決定できなかった。僕たちの条件は、二部屋あって二階以上、駐車場付きである。あとまだ院生だから収入はないので安い方が良い。その程度だが、近所にスーパーがあったほうがいいとか色々考えると、僕一人で決定しきれなかった。だから二月の出張は、途中の土日に杏が東海村に来ることになった。フェリーに車を乗せてくるそうだ。
中性子実験施設のコントロールルームで榊原先生と実験データを検討していると、スマホに着信があった。
「修二くん、今大洗ついた。何時にどこで待ち合わせする?」
「ちょっと待って」
僕は、榊原先生に相談する。
「先生、今神崎さんが大洗ついたそうです」
「そっか、次のスキャンの準備できたら、神埼さんに合流していいよ」
「一八時くらいですかね」
「そうだね」
というわけで、スマホにもどる。
「あのさ……」
「いま修二くん、神崎さんって言った」
「ああごめん、杏、一八時くらいまで作業ある」
「じゃあ六時半にユーザーズオフィス前ね」
「OK」
電話を切って、先生に報告する。
「六時半にユーザーズオフィスで待ち合わせになりました」
「まあゆっくりしてきなよ。明日は部屋選びに専念だね」
「はい、すみません」
「謝ることなんてないよ、家の情報、僕の分も頼むよ」
「はい」
榊原先生も良い物件を絞り込みきれず、苦戦中だったのだ。
作業を終えた僕は、借り物の自転車でユーザーズオフィスに向かう。もう真っ暗だが北海道に比べれば茨城の二月は春みたいなものである。交通事故には気をつけつつ急ぐ。
ユーザーズオフィスに辿り着くと杏の黄色い車が見え、うれしくなる。
「ホテル、チェックイン何時?」
今夜は東海村でなく、ひたちなか市のちょっといいビジネスホテルに宿をとっていたので時間が気になったのである。実験に来たわけでない杏をSHELの宿泊施設には泊められない。
「大丈夫、もうチェックインしといた。結構広くてきれいな部屋だったよ」
「ああそう、ありがと」
「だからゆっくり食事して大丈夫だよ」
「何食べる?」
「車で移動中目についたところでいいんじゃない?」
「お酒飲めないよ」
「お酒は、お部屋で」
「了解」
杏の運転で移動中、突然杏が大きな声を出した。
「あ、修二くん、パフェの店!」
「はい?」
「いちごデラックスパフェ!」
「あれステーキハウスだよ。次の交差点右」
週末のステーキハウスは混んでいた。杏はうきうきしている。ステーキにうきうきしているのだかパフェに期待しているのだかわからない。ちょっと待って席につき、ステーキを注文する。
「杏、ワイン飲むなら、僕運転するよ」
「ありがと、じゃグラスワインもらお」
食べながら探している家の相談をする。
「やっぱりSHELから近いほうがいいよね」
「修二くん、当分は自転車でしょ。雨の日とか大変だから、あんまり遠くはまずいよね」
「かっぱ買わないとね」
「河童橋懐かしいな」
「僕のあげたピンクのカッパ、返してよ」
「ヤダ、なんで?」
「クマとセットで杏を思い出すから」
「そっか~。でもあれ、修二くんから初めてもらったもんだからなぁ」
「そうだっけ?」
「そうだよ、忘れたの?」
「じゃ、シマエナガでもいいや」
「だめ、あれかわいい」
「じゃ、杏が僕に買ってよ、もう一羽」
「うん、かわいいの選んどく」
「ワイン、もういっぱい飲む?」
「いい。ホテルにシャンパン冷やしてある」
「おお」
予定通りパフェも食べ、杏は満足そうだった。
ステーキハウスからホテルまでは僕が運転する。初デートのときは結局運転しなかったので、杏の車のハンドルを握るのは初めてだ。
運転席に座りシート位置をあわせていると、杏が注意してくれる。
「この車、ハンドルが戻るの速いから、ハンドル戻す時手を離さないほうがいいよ。あと、親指ハンドルの内側にいれないほうがいい」
「そうなの?」
「うん、下手すると親指の骨折れるらしいよ」
運転してみると、確かにハンドルに独特の重さを感じた。
ホテルの部屋は、杏の話通りきれいな部屋だった。窓の外は地方都市だから、あんまり明るくない。それでもポツポツと見える明かりがきれいだ。
交代でお風呂に入る。
「修二くん、疲れてるでしょ。先に入っていいよ」
「じゃ、遠慮なく」
この後のことを考えると風呂でのんびりする気にもならず、とっとと出てきてしまった。
「修二くんって、お風呂カラスタイプ?」
「いや、べつに」
何を考えていたかとても言えず、適当にごまかす。
杏が風呂に行っている間、ぼんやりとテレビを見ていたら、寝てしまっていたらしい。パタパタという足音で目が覚めた。
「修二くん、お疲れね」
「ああ、ごめん、寝ちゃってた」
「シャンパン、飲む?」
「うん」
冷蔵庫へ向かう杏は、パジャマ姿だ。その姿をついつい目で追ってしまう。
「なにジロジロ見てんの?」
「え、あ、きれいだなってね」
「照れるな」
杏はシャンパンのボトルとグラスを並べた。
「修二くん、シャンパン開けてよ。私怖い」
「了解」
そのへんにあったタオルをボトルの口に開けて慎重に開栓する。
幸い吹き出すこと無く開けることができた。
グラスにシャンパンを注ぐと杏が僕の隣に座ってきた。
「シャンパンの泡って、きれいよね」
「見てたいけど、飲まなきゃね」
僕はそう言って、杏のグラスに僕のグラスを軽く当てた。
一口シャンパンを口に含む。
「おいしいね」
そう杏は言って、僕のとなりにぴったりと体を寄せてきた。
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