第83話 病欠
杏がやってきた。
「のぞみから聞いたけど、具合悪いの?」
「うん、なんか急に発熱したみたい」
体温計を渡すと、杏が顔色を変えたのがわかる。
緒方さんももどってきた。
「のぞみ、どうしよ。私さっき、修二くんが具合悪いの気づかなかった」
「聖女様しっかりして。急に発熱してきたんだと思う」
網浜先生がやってきた。
「緒方さん、唐沢くんの部屋行って上着と荷物とってきて。僕の車でホケカン行く」
ホケカンとは保健管理センターだ。
「神崎さん、君も上着とってきなさい。いや、荷物全部持ってきなさい。今日ホケカン行ったあと、そのまま唐沢くんの家で看病しなさい」
「はい」
だんだん朦朧としてきたので、なされるがまま上着を着せられ、車に乗せられ、診察を受け、帰宅した。杏はずっとついていてくれた。緒方さんもほとんどついていてくれた。それどころか買い出しに行き、おかゆも作ってくれた。おかゆができたところで、
「聖女様、必要なものがあったら連絡して。また夕方来る」
と言って出ていった。
残念ながらおかゆの味はわからなかった。
気がついたら自宅のベッドで寝ていた。食卓にしているちゃぶ台では杏が勉強している。
「杏」
声をかけると、振り向いてこっちに来てくれた。
「修二くん、具合はどう?」
「ずいぶん楽になった。杏のおかげだよ」
「ううん、のぞみとか、網浜先生とか、みんなのおかげ。私は何にもできなかった」
杏は目に涙をためている。
「治ったら、お礼言うよ」
「そうだね」
杏は僕の手を握った。
「なにか飲む?」
「うん」
「スポーツドリンクがいいよ」
杏は上体を起こすのを手伝ってくれ、ペットボトルを渡してくれる。
「修二くん、ごめんね。年末年始、修二くんを振り回しちゃった」
「そんなことないよ、実験がおくれてただけだし、一緒に入れて楽しかったよ」
「お休みもとってないし」
「むこう行ったじゃん」
「強行軍だったし、一日だけじゃん」
「まあね。杏は疲れ溜まってない?」
「私は大丈夫、修二くんと一緒なら」
「もう少し寝る?」
「うん」
杏は布団をかけてくれ、僕の顔をじっと見ている。
「勉強もどっていいよ」
「修二くんが寝たら」
とりあえず目をつぶる。
ピンポーン
目が覚めた。薬のお陰ですぐに寝てしまったらしい。
「はーい」
杏が玄関へ行く。
「聖女様、夕飯作ったげる」
「え、材料だけで良かったのに」
「ううん、作りたいの」
「ありがと」
「聖女様に恩を売っといたほうがいいからね」
「ハハ」
緒方さんが僕の顔をのぞきこんだ。
「昼よりはいいみたいだね」
「緒方さん、ありがとう」
「ううん、これが本当の聖女効果だね」
「うん」
緒方さんが立って台所に立つのが見える。杏が横に立っている。
「聖女様休んでなよ。聖女様も多分風邪ひいてるよ」
「そうかな?」
「ずっといっしょだったんでしょ」
「そうだけど」
「だったら」
「でもさ、のぞみの料理、覚えたい」
「そうか、食べさせてあげたいと」
「うん」
二人の会話と料理をつくる音が心地よく聞こえる。
また寝てしまったらしい。
「修二くん、起きて」
起こされて、夕食を食べる。おかゆに、煮魚、サラダだった。
「ごめんね修二くん、バーナー一つだとあんまり凝ったの無理」
緒方さんが言う。
「とんでもないよ。うちの台所でもこれくらいできるんだね」
「のぞみ、ほんとありがと。二人分も作ってくれて」
「いいよそんなの。それより聖女様今夜ここに泊まりな。必要なもの取ってきてあげるから鍵貸して」
「自分で行くからいいよ」
「だめ。あんたもいつ発熱するかわかんない」
「うん」
「それと財布も貸して。買い物もしてきてあげる」
「うん」
杏は素直に財布と鍵を緒方さんに渡していた。
緒方さんが出ていったので、食べ始める。
「「いただきます」」
美味しかった。それをそのまま口に出すと、杏がまた涙を目に溜めた。
「私達、みんなに迷惑ばっかりかけてるね」
「うん、だからみんなに恩返しできるようにがんばろうよ」
「うん」
「なににがんばるのか、よくわかんないけどね」
やっと杏に笑顔が少し戻った。
夕食をいただいて薬を飲み、また横になる。キッチンからは洗い物の音が聞こえる。
寝込んでいると時間が立つのが早い。緒方さんが戻ってきた。
「のぞみ、ありがと」
「うん、熱出る前にシャワー浴びといたほうがいいよ」
僕は相当体調が悪いらしい。杏がシャワーを浴びていても、僕はちっとも元気にならなかった。
翌朝、目が覚めるとかなり良くなっていることがわかる。起き上がってトイレに行くが、寝袋で寝る杏を踏まないように気をつける。スポーツドリンクがうまい。
ベッドにもどる前に杏の顔をのぞいてみると、息が少し荒い。やっぱり杏も風邪をひいているらしい。
簡単な朝食を二人で摂って、杏は緒方さんに大学を休むと連絡した。
午前中に恩田さんが来て、車で杏を医者に連れて行ってくれた。
僕たちはそのあと三日、大学を休んだ。入れ代わり立ち代わり、仲間が部屋にやってきて、その度杏から教科書やら論文やら取り上げていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます