第81話 振り袖

 大晦日も三十日と同じようにひたすら測定と勉強で暮れた。

「私達らしい大晦日だよね」

と、杏は笑った。


 元旦は早朝に一人で大学に行ってサンプル交換、そのあと杏の車で千歳まで行く。千歳に車を置きっぱなしにして始発の飛行機で羽田へ、正月の挨拶をして最終便で千歳に戻る予定だ。車で札幌に帰って、二日の朝に次のサンプルをセットして次の測定に入るという計画だ。正月の挨拶自体は、午前中に僕の家、午後に杏の家に行くことになっていた。

 

 元旦の早朝、サンプル交換を終えた僕は大学の門の前で杏を待っていた。もちろん真っ暗である。振り続ける雪が街灯の明かりで白くてきれいだ。大学前の道は、車も人もまったくいない。


 しばらくして、車が一台やってきた。ヘッドライトの光でよくわからないが、杏だろう。

「やっほー」

「ありがとう」

 車に乗り込む。暖房が効いていて暖かい。

「あけましておめでとうございます」

 僕から彼女に言うと、

「あ、そうだった。おめでとうございます」

「高速、大丈夫そう?」

「うん、通行止めにはなってない」

「よかった」

 大雪で通行止めになってしまうと時間がかかってしまうから、僕たちは普通に考えるより相当早く出発していた。高速を利用して移動しながら、会話する。

「修二くん、引っ越しいつになるの?」

「三月ぐらいかなぁ」

「部屋探しどうするの?」

「一月、二月に出張あるから、そのときに時間をみつけてやろうと思ってる」

「修二くんの札幌の部屋、一年もいれなかったことになるんだ」

「そう、それが残念なんだよね。やっぱり北海道の四季をきちんと一周したかった」

「そうか」

「だけどさ、札幌にいる期間が短いから、荷物あんまり増えてないんだよね。冷蔵庫とか洗濯機とか、持ってったほうがいいのか中古で売ったほうがいいのか難しいとこでさ」

「冷蔵庫は買い替えて」

「なんで?」

「一年したら、私同棲する。だから今のだと小さいでしょ」

「じゃあ洗濯機も少し大きめに変えたほうがいいか?」

「大きいのだと、毛布とかでも洗えるらしいよ」

「どっちにせよ、荷物全部持ってかきゃいけないの、面倒なんだよな。ときどきは札幌に戻るから、着替えとかいちいち持ち歩かなきゃいけないしね」

「私の家に置いときゃいいじゃん」

「そうすると助かるけど、杏の部屋入れないよね」

「そうなんだよねぇ」

「明のとこに、少しは置かしてもらおうかな。あそこ広いし」

「そうなんだ」

「大学から遠い分、相場が下がるみたいだよ」

「そりゃそうか」

「ていうか、同棲するの僕はいいんだけど、杏のご両親OKしてくれるかな?」

「なんとなく同棲するの当たり前の気でいたけど、考えてみれば一応断っとかないとまずいか」

「じゃあ、今日話ししちゃう?」

「そうね、二人そろって東京行くチャンス、あんまりないもんね」


 というわけで東京の僕の実家で新年の挨拶をしたあと、その話をしてみたら父に叱られた。

「修二、お前もいい歳なんだからそういう話の流れになるのは当然だと思う。杏さんもお前にはすぎた方だ。気持ちはよく分かる。しかしこの話は向こうに話をするのが先だろう。大事なお嬢さんだ」

「そうだね。話の順番をまちがえた」

「私も舞い上がってたみたいで、申し訳ありません」

「杏さん、あなたは悪くない。どうも修二は世間知らずで困る」

「あ、あの、修二さんで世間知らずとおっしゃるなら、私なんてさらにひどいんですが……」


 昼過ぎに杏の実家へ移動するため、家を出る。商店街を通る時、杏がキョロキョロしている。

「コロッケは惣菜屋だから、今日は休みだと思うよ」

 杏は頬を膨らませて僕をにらんだ。たぶん図星なのだろう。

 

 杏の実家は前に来たことがあったけど、前回は深夜で飲酒後、今日は昼間で素面なのでちょっと緊張する。その様子を察したのか、杏が言ってきた。

「修二くん、大丈夫だよ。うちの親は修二くんのこと気に入ってるから」

「いやさ、東海村の家の話もしなきゃいけないでしょ」

「そうだった。お父さん、何ていうかな? 私もちょっと緊張してきた」


 で、神崎家である。挨拶の後、僕はすぐに切り出した。

「あの、お父さんお母さん、一年後の……」

「だれが君のお義父さんだ?」

「ハッ」

 見ると笑顔である。言いたかっただけらしい。

「で、一年後がどうしたの?」

「あの、結婚を前提としてお付き合いさせていただいているわけですし、東海村で一緒に暮らそうかと考えているのですが……」

「あ、そんなこと。どうぞどうぞ」

「なにそれお父さん、なんか持ってけドロボーみたいな感じで言わないでよ」

「杏、このチャンス逃したら、二度と結婚できるチャンス無いぞ。既成事実つくってしまわないとだめだ」

「修二くん、どうか杏をお願いね」

 お母さんからもお願いされてしまった。

 

「杏、ここから羽田に何時に出ればいいの?」

 お母さんが杏に聞いた。

「六時過ぎで大丈夫だと思う」

「じゃ、あんた、ちょっとこっち来なさい。修二くん、ちょっと杏借りるわね」

「何?」

「ま、いいから」


 杏とお母さんは部屋を出ていった。お父さんと雑談をする。

「研究、たいへんそうだね」

「まあそうなんですけど、今回はスケジュール的にイレギュラーになってしまいましたから」

「杏に振り回されて、申し訳ないね」

「そんなことないです、むしろ楽しいです」


 やがて二人が戻ってきた。杏が振り袖を着ていた。しばらく眼が離せなかった。

 お母さんが言う。

「杏、修二さんに近所案内してあげなさい」

 二人の時間を過ごせということだろう。

「ねえお母さん、振り袖しんどいし恥ずかしいんだけど」

「何いってんの、振り袖着られるの、独身のうちだけよ。修二さんにしっかり見てもらいなさい」

「修二くん、写真撮ってきてよ」

 お父さんがでっかいカメラを僕に渡した。

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