第78話 初デート

 札幌に帰ってきた日は、各研究室に挨拶にまわり、それだけで終わってしまった。すっかり疲れて夕食を二人で学食でとっていると、明と緒方さんがやってきた。

「「やっほー」」

 最近は明もやっほーになってきた。杏は相当疲れたのか声を出さず、手だけ上げて答えた。

「お疲れさん」

 緒方さんが言う。

「ほんと疲れた」

 杏が答える。

「ああ、ごめん」

 僕がなんか謝ると、

「修二くんは悪くない、とにかく怒涛の三日間だった」

「は、は、は。二人共、人生変わったな」

 明が言うことに僕はちょっと腹が立ったので、

「いや、予定通りだ」

と、強気に言ってみた。

 四人で雑談しながらの食事していると、他の研究室のM1たちが集まってきた。みんな口々に祝福してくれる。誰かが言った。

「そう言えば真美ちゃんいないな。めずらしいな」

「おい、カサドンもいないぞ」

「ということは?」


 話題が僕たちからそれたところで、明が小声で言ってきた。

「おい、修二、今度の休み、聖女様デートに誘え」

「うん、そうだな」

「しっかりしないと、カサドンに先を越されるぞ」

「お、おう」

 大事なことを忘れていた。明、ありがとう。

 

 みんなの話題はまだ、恩田さんとカサドンのことだった。誰かが言っていた。

「真美ちゃん、うまくいくといいな」

 みんなにとって恩田さんは、男とか女とか関係ない仲間なのだろう。

 

 その週末、僕は杏とドライブデートに出かけるため、自宅前で杏の到着を待っていた。昨日神崎さんは持ち物を指定してきていた。

「靴は運動靴でいいけど、ゴム長持ってきてね。あと、修二くん寝袋持ってたよね」

「キャンプじゃないよね。なんで寝袋?」

「非常事態に備えてよ」


 指定されたゴム長と寝袋、さらに防寒具とお菓子とペットボトルを持っているのでこないだ東京に行ったときよりよっぽど荷物が多い。おまけに雪が降っている。神崎さんに買ってもらった帽子があたたかい。

 杏の黄色い車がやってきた。窓が開いて、

「やっほー。後ろの席に荷物載せちゃって」

とのことなので、

「はーい」

と返事して、後部座席をあけた。すると運転席の後ろの床にはゴム長、座席には防寒具などの荷物が置いてあった。僕もそれに倣い、ゴム長を床、その他を座席に置いて防寒具を脱いだ。大きな除雪用のスコップも載せてあった。

 席に座り、

「重装備だね」

と聞いてみると、

「雪道は何があるかわかんないからね」

と言われた。さらに、

「雪降ってきたね」

と言うと、

「うん、楽しみ」

とのことだ。杏は雪道の運転を楽しみたいらしい。


「あれ、今日は高速使うの?」

 いつもとちがい、高速に乗るので僕は聞いてみた。

「曇ってて景色もよく見えないし、早く雪があるとこまで行きたいから」

「やる気満々だね」

「うん、車滑るの、面白いよ」

「あ、安全運転でね」

「修二くんも運転するのよ」

「へ?」

「だいじょうぶだいじょうぶ、私がいるから」

 デートではなく、ドライビングレッスンなのか?

 

 高速を降りて、スキー場の道案内にしたがって山道に入る。道路が白くなってきた。

「小樽はあとでね」

 横から見ていて、楽しそうに運転しているのがわかる。

「神崎さん、ペース速くない?」

 返事がない。むしろスピードが上がっている気がする。顔をみるとちょっと怖い顔をしている。

「杏、ちょっとペース速くない?」

「そう? グリップしてるよ」

 そう言って杏はぐっとブレーキを踏んだ。

「ほら、ちゃんと減速してるでしょ」


 やがて道はつづら折りになった。直線部分でぐっと加速、カーブの手前でしっかり減速し、曲がったあとまた加速。これを繰り返す。どんどん高度が上がる。

 杏の手がサイドブレーキに伸びるのをみた。

「それやめて」

と言うと、すっと手が戻っていった。

「大丈夫なのに」

 不満そうな声が聞こえる。

 

 つづら折れの道がおわり、山の高いところを走る道になった。針葉樹林が真っ白だ。

 雪が土砂降りになった。そうとしか言いようのない雪の降り方だ。

「こんな雪、初めて見たよ」

「私も初めて。すごいね。走行抵抗が大きくて、スピード出ないわ」

「危なくなる前に帰ろう」

「そうね。積んではきたけど、スコップとかのお世話にはなりたくないから」

 しばらく走って広いところでUターンしてもと来た道を引き返す。

「さっきより雪深いね」

「うん、滑らないから練習にならないわ」

「あのさ、杏、今日はデートなんじゃ……」


 ちょっとしてからの杏の返事は、

「すごい雪景色ね。私感動した」

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