第75話 バカ娘
翌日、僕たち二人は東京行きの飛行機に乗っていた。神崎さんのご両親にご挨拶に行くのだ。もちろん僕の両親に神崎さんを紹介しなければならない。昨日いろいろと話した結果、夕刻都内のレストランで、ということになった。神崎さんが予約をとった。これならば両家を行ったり来たりしないですむ。それぞれの実家に一泊だけしてすぐに札幌に戻る予定だ。だから荷物は最小限で、会食時用にと二人共スーツ姿だった。
「修二くん、急に行って大丈夫かな?」
「昨日電話したんだから大丈夫でしょう」
神崎さんはいつになく緊張しているようだ。
「そうかな? 私、人間的にかなり変わってるから」
「神崎さんのことは、あるていど両親には話してあるから、素の神崎さんで大丈夫だよ」
「修二くん、今、神崎さんって言った」
「ごめん、杏」
「うん」
なんかなごんだ。なごんだついでにちょっと杏をからかいたくなった。
「ま、お酒臭くなければ大丈夫じゃない?」
「え、私、お酒臭い?」
手に息を吹きかけて匂いをかいでいる。僕は別にアルコール臭を感じていたわけではなかったのだが、昨晩緒方さん恩田さんと女子会をやっていたのを知っていたのだ。
「その方法じゃ、わかんないと思うよ」
「あ、そうか、自分の匂いわかるわけ無いか」
「冗談だから」
「へ、そうなの?」
杏は頬を膨らませている。かわいいので、その頬をつっつく。
「もう、からかわないでよ」
「平常心に戻った?」
「ん~!」
あとから気付いたが、傍から見れば僕たちはバカップルそのものだっただろう。
羽田から一旦それぞれの実家にもどり、夕方レストランで集合することになっている。
「私、浜松町まで一緒に行く」
「え、蒲田じゃないの?」
僕の実家は浜松町から東京、そして中央線快速でいく。彼女は蒲田から私鉄で川崎市北部のはずなので、浜松町は遠回りではないだろうか。
「遠回りじゃないの?」
「渋谷経由で行く。ちょっとでも修二くんといっしょにいたい」
直感でこれは半分嘘だと思った。
「もしかしてモノレール乗りたいの?」
「バレた? 実は乗ったこと無くて」
海の上を走るモノレールに、杏はもちろんはしゃいでいた。
浜松町から別行動だ。ちょっと寂しさを感じながらホームに立つと、向かいのホームに杏が見えた。手を振る。
電車を乗り継ぎ実家のある駅についた。今日も商店街はにぎやかだ。ふと思いついてコロッケを買う。一口かじってスマホで写真に撮り、「今度いっしょに食べようね」と文面をつけ杏に送る。
ちょっとすると返信があり、
「食べたい。修二くんやさしいんだかいじわるなんだかわかんない」
とのことだ。僕は「両方」と送っておいた。
商店街を抜け家につく直前、また杏から着信がある。たこ焼きの写真だ。本文はなかった。
実家の玄関のブザーを押すと、すぐに母が出てきた。
「修二おかえり、早かったね」
「ただいま」
母の笑顔は今まで見たことがないくらい嬉しそうだった。
「母さん、嬉しそうだね」
「ああ、修二が北海道に行った目的の半分を果たしたんだからね」
「うん、あとは学問だよ」
「杏さんに負けないようにがんばるんだよ」
「うん」
家で一息つき日が傾いてきた頃、会食のレストランへと家を出る。父は仕事帰りに直接レストランに来る予定だ。定時に仕事場を出るという。僕は札幌から着ているスーツ姿、母はなんと和服を出してきた。猛烈に気合が入っている。
「母さん、着物出したんだね」
「そりゃ修二、今日着なけりゃいつ着るの?」
「まあ、そうだけど」
「それより修二、杏さんのご両親はどんな方?」
「う~ん、僕も二度ほどお会いしただけだけど、気さくな方だよ」
「お金持ちなんじゃない? 庶民のうちとつりあわないんじゃないかね?」
「たしかに立派な家だったけど、そういうことを気にするご家庭じゃないと思うよ」
「そうかねぇ」
「とにかく、母さんの着物、似合ってるよ」
「おまえ口だけはうまくなったね」
「そう?」
レストランに20分も早く着くと、父がもういた。
「父さん、今日はありがとう」
「うむ、修二、男としてちゃんと責任はとれよ」
「はい」
母の提案で、店に先に入って待つことにした。入店して神崎さんの名前を出すと、個室に通してくれた。着席して杏にスマホで先に店に入ったことを伝えると、すぐに「了解」という連絡が来る。僕たち一家は個室の入口側に一列に座ると、父は腕を組んで目を閉じてしまった。なんか機嫌が悪い。
やがて杏とご両親がいらっしゃった。するといきなり父が立ち上がり頭を下げた。
「神崎さん、はじめてお目にかかります。唐沢修二の父です。このたびは息子がたいへんご迷惑をおかけして……」
「唐沢さん、頭を上げてください。ご迷惑をおかけしているのはうちのバカ娘で……」
「いやいやとんでもない、大事なお嬢様を……」
どうも父には話が間違って伝わっている気がする。
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