第70話 お弁当と決断
神崎さんに例の「効果」について伝えた脱力感とともに、冷めてきたコーヒーをすする。どうしたものかと考えていると、廊下から神崎さんがもどってきた。
「修二くん、さっきはごめん。感情的になっちゃった」
「いや、僕も強引だったかな」
「で、先生たちにどう伝えようか?」
「うん、まずは緒方さんにも相談した方がよくないかな?」
「わかった」
神崎さんはすぐにスマホを出して連絡を始めようとする。
「神崎さん、ここじゃないほうがいいんじゃないかな」
「そっか」
「昼食を、学外でとりながら、とかはどうかな」
神崎さんはうなづいて再びスマホを操作しはじめた。
「あ、のぞみ、中性子の実験なんだけどわかったことがあってね。お昼、外で食べながら話さない?」
とりあえず、嫌いにはなられないですんだらしい。
すぐに外で話し合うことがきまり、神崎さんは一旦池田研にもどった。僕は僕で、神崎さんに見せたグラフのコピーをとり、かばんに入れた。
理学部棟玄関ですこし待つと、神崎さんが来た。
「おまたせ」
なにか吹っ切れたような顔だ。よかった。神崎さんがきいてくる。
「で、どう伝えようか?」
「だったら、僕から説明しようか?」
「う〜ん」
「やっぱり、自分で言う。正直に」
「そう、任せる」
「ありがと」
そう、神崎さんは逃げない。
緒方さんが明を伴ってやってきた。
「なんでお前いるんだ?」
「聖女様がらみだろう、絶対面白いと思って」
多分緒方さんは、話が真面目になりすぎないように気を使って明を連れてきたのだろう。明のバカが今日ほど頼もしく見えた日はない。
神崎さんと緒方さんが話している。
「どこいこっか?」
「学内のカフェでいいんじゃない?」
「近くない?」
「どうせこの時間、関係者誰もいないよ」
口をはさむ。
「あそこならテーブルも大きいし、いいんじゃないかな」
カフェで飲み物を頼み、神崎さんはプリンを4つ追加した。飲み物食べ物がそろったところで神崎さんはテーブルに突っ伏すように頭を下げた。
「のぞみ、修二くん、今回は本当にもうしわけありませんでした。東海村での実験中、短時間ですが、ログインしました」
僕は資料を緒方さんと、ついでに明に渡す。
「それで、こちらが普通にデータ処理したグラフ、こっちが私がログインしていた時間帯をのぞいたデータで作ったグラフです」
神崎さんはちょっとだけ顔を上げ、グラフを説明し、再びテーブルに突っ伏してしまう。
「どうしても、どうしても実験結果を早く知りたくて、つい、のぞいてしまいました」
「ふーん、ま、こんなこともあるかと思ってたよ」
「ほんと、ごめん」
「もう、いいよ。で、これ、自分で気づいたの?」
「いや、修二くんが気づいて、データ処理してくれた。SHELのシステムの人に特別にバックアップからデータをもらったりして、大変だったらしい」
「ふーん」
「で、問題は、これを先生たちにどう説明するかなんだけど」
「ふむ、そんなの正直に言うしか無いんじゃない?」
そして緒方さんはブリンを一口食べてから言った。
「仕方ないな、口裏をあわせよう」
その後の話し合いで、日曜を利用して僕と神崎さんでデータ処理をしてしまうことにした。
その日曜日、なんだかウキウキしていつもより早めに大学に出てきてしまった。一応池田研まで行ってみると無人だった。榊原研の居室で、今日の作業の準備をする。
「おはよう、修二くん、日曜なのにごめんね」
神崎さんがやってきた。
「ゼミ室でやろうよ」
今日の日曜ならばゼミ室のテーブルにグラフとかを広げていても誰にも邪魔されず効率よく作業ができるだろう。
「お昼にしよ。お弁当、作ってきた」
集中してやっていたため、もう昼になっていることに気づいてなかった。
「そうなんだ、僕は何か買ってくるよ」
「ううん、二人分作ってきた。修二くんの分も」
「え、それはうれしいな」
神崎さんは手早くテーブルの上を片付け始めた。食べながら議論もいいかと思ったが、神崎さんは思い切りよくグラフ類もみんな重ねてしまう。しっかり休息しようということだろう。
片付けられたところで神崎さんはカバンからお弁当を出して包を開いた。
「やっぱり、ゼミ室もこうして色があると華やかね」
「神崎さんが来てくれただけで、華やかになってたよ」
「う、あ、ありがと」
神崎さんがタッパーの蓋をあけてくれる。主食におむすび、おかずもハンバーグなどいろいろある。目移りしていたら、
「やっぱりこんなことしてた」
と緒方さんと明が顔を出した。
お弁当を食べたあと緒方さんと明といっしょに作業をすると、あっという間に終わってしまった。みんなで大通公園まで散歩しに行く。
トウキビを食べ、じゃがバターを食べ、味噌ラーメンも食べた。気温が下がりつつあるのはわかるが、気持ちはあたたかい。あたたかいうちに決断すべきことがある。
「神崎さん、明日榊原先生に話そうと思うんだけど、いいかな?」
「そうだね、私も同席するわ」
「うん」
神崎さんはちょっと考えたようで、言葉をつないだ。
「修二くん、私から正直にデータが乱れた原因から話すわ。それで修二くんがやってくれたことを説明する」
「いいのかい?」
「うん」
やっぱりそうじゃなきゃ。神崎さんは逃げない。
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