第67話 告白

 バンガローまで歩いていく間に、すっかり寒くなったことを実感する。神崎さんにせっかく用意してもらった帽子と手袋をバンガローにおいてきてしまったことを後悔した。バンガローのドアをあけて、

「寒い寒い」

と言ってしまう。

 神崎さんと目があった。

「星が見え始めたよ」

と伝える。神崎さんは、

「すぐ行く!」

とのことなので、僕は帽子と手袋をつけて望遠鏡のところに戻ることにする。


 望遠鏡のところでは、明が見え始めた星を使って望遠鏡のセッティングをはじめていた。望遠鏡のコントローラーが指示する星をいくつか望遠鏡の視野にいれると、望遠鏡自身の位置とか向きとかを把握してくれるらしい。そのあとは見たい天体を入力すれば、自動で望遠鏡がその向きに向くそうだ。

「すごいんだよ、これ。俺みたいな素人でも使えるんだから」

 明が振り返っていう。僕は返答する。

「そうは言っても明、おまえ使う練習したんだろう?」

「そりゃそうさ、のぞみんに満足してもらわなきゃ」

「さすがっすね」

「おうよ」

 カサドンも感心したようだ。

 

 バンガローの方角から赤い光が三つ近づいてくる。

「明、女子来たぞ。準備いいか?」

「おうよ、バッチグーだ!」

「先輩、古くないすか?」

「ははは」


「やっほー」

 この挨拶は緒方さんだろう。明も同じ挨拶を返している。たどり着いた女子たちはお菓子、お茶、カイロを持ってきてくれた。

「ナイスタイミングっす。真美先輩」

 恩田さんは赤い光の中で親指をたてている。

 

 神崎さんがヘッドランプを消した。なんとなくみんな、それにならう。

 見上げれば満天の星だ。横からは神崎さんの息遣いが聞こえる。

 興奮しているのがわかる。

 神崎さんのことだ、星の運動とか、物理学の歴史と天体の運動とか、そんなことを考えているのかもしれない。

 

 どれだけ星をみていたかわからない。せっかくの明の望遠鏡も活躍させてあげよう。

「明、望遠鏡作動させよう。みんな、何が見たい?」

 神崎さんがまっさきに答えた。

「アルビレオ」

 アルビレオははくちょう座の頭の部分にあたる星で、望遠鏡で見ると金色の星の近くに青い小さな星が見えるらしい。明が望遠鏡を操作する。

「聖女様、どうぞ」

 神崎さんはしばらくのぞいてから、

「のぞみ、ごめん」

といって望遠鏡を緒方さんにゆずった。


 そのあとみんなでかわるがわる、いろいろな天体を望遠鏡で見せてもらった。

 明が緒方さんをさそったのもよく分かる。

 宇宙でガスが光っている。僕たちは物理学者の卵だから、そのメカニズムもわかる。その現象を生で、この眼でみることができるのはとてもとても感慨深い。特に明であればもっともっと深く理解しているだろう。


 望遠鏡での観察を堪能したので、夜空を見上げた。これほどたくさんの星を見たのは生まれて初めてだ。神崎さんはすでに椅子に座って星空を眺めている。少し風が出てきたので、僕は自分の椅子をもって、神崎さんの風上になるように椅子を置いて座った。すると神崎さんは、自分の椅子を僕の椅子にぴったりくっつけるように移動させ、ついでに僕に寄りかかってきた。

 防寒着越しでも、彼女の体温が伝わってくる気がする。

 神崎さんのついでくれるほうじ茶が胃に染みる。

 神崎さんがポツリと言った。

「修二くん、私また、こうやって星みたい。今年はもう冬で無理だけど、来年も、再来年も」


「ねぇ、あれ、すばるじゃない?」

 誰かが言った。

「双眼鏡でみると綺麗らしいよ」

 神崎さんが言って立ち上がった。僕もついていく。


 三脚に固定された双眼鏡でスバルをみる。白く明るい星が視野に散らばり美しい。写真で見るような星雲はさすがに見えないが、細かな小さな星がたくさん見える。すばるは散開星団と言って、生まれたばかりの若い星が固まって運動している。そんなことを思い出しながら、交代で見た。


 雲が出てきた。雲はだんだんと広がっていく。

 僕たちも体が冷え切ってきた。

「そろそろ帰ろうか」

 明が言うのが聞こえる。緒方さんの声が、

「そうね、男子は片付けお願い。私たちバンガローで夜食用意する」

と答えるのが聞こえる。


 望遠鏡からテーブル、椅子までなにもかも片付けてバンガローに戻ると、

「豚汁できてるよー」

と女子たちが迎えてくれた。

 バンガローの中は女子たちがしっかり暖房を効かしてくれたのでとてもあたたかい。帽子や手袋、そして上着も脱ぐ。

「お酒どうする~?」

と恩田さんが聞いてくる。

「やっぱホットウィスキーすね」

 カサドンの意見に僕も明も同意する。

 

 豚汁を飲み、ホットウィスキーも飲む。緒方さんや神崎さんの出してくれるツマミ類もうまい。

 だんだん酔いが回ってきた。

 

 途中で恩田さんが言い出した。

「王様ゲームやろう!」

「「やろーやろー!」」

 女子はなんだか盛り上がっている。

 難問か無難にこなしたあと、恩田さんが王様になった。

「三番の人、好きな人のかわいいと思うところを言う!」

 なんと三番は僕だった。どう答えていいか困ったが、アルコールの影響で思考力はないし、恩田さんが眼をキラキラさせている。神崎さんの方を見る勇気はない。

 意を決していった。

「プレゼントをくれて、ダッシュで逃げるところ」

 神崎さんがお酒を一気飲みするのが見えた。

 

 そのあと神崎さんは荒れた。

「だってはずかしいじゃん」

とか、

「修二くんはっきりしないんだもん」

とか、色々言っていた。挙句の果てに、

「修二くん、私のこと好きなの? 嫌いなの?」

と詰め寄ってきた。

 どう答えるか困っていたのだが、緒方さんは、

「はいはいはい聖女様、あんまり絡むと修二くんに嫌われるよ~」

といなす。神崎さんは、

「嫌われたらヤダ~ 死ぬ~」

と言っていた。僕としては覚悟をきめて、

「神崎さん、好きです」

と小声でいったのだが、緒方さんは僕に、

「ああ修二くん、飲むといつもこんなだから気にしないでね。どうせ覚えてないから」

と言った。

 恩田さんが僕に聞いてくる。

「で、こんな聖女様、どう?」

「あ、は、可愛いと思います」

と応えると、恩田さんは、

「かわいいってさぁ! よかったねぇ」

といって神崎さんをバンバン叩いていた。


 カサドンがおそるおそる緒方さんに聞いた。

「女子会って、いつもこんななんですか?」

「ん、真美ちゃんがおっさん化してないだけマシ」


「修二くん、来年も一緒に星見るよね」

という神崎さんの声が聞こえた気がした。

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