第66話 星見の準備
買い出しに行っていた女子が帰ってきた。三人とも段ボール箱に食料とお酒を詰め込んでいる。まあ20代前半の男女が合計六人だから、一晩でも相当食べるのは間違いない。食料の運び込みを手伝ったあと、僕たちは女子を奥の部屋で寝るようすすめた。
僕たち男子も連日の研究生活で睡眠不足気味だったから、別部屋に布団を敷いたら、あっという間に眠りについてしまった。
ジャッ、ジャッ、ジャッというリズミカルな音で目が覚めた。窓から差し込む陽光は赤っぽくなってきていて、もう四時近い。台所に行くと、神崎さんが炊飯器に米をセットしているところだった。
「手伝うよ」
と声をかけると、
「ううん、食事は女子がやるよ。男子は望遠鏡とか用意して。私やると壊しちゃうから」
と、下手なウィンクをしながら断られてしまった。ウィンクしているつもりだろうが、ほぼ両目つぶってしまっているし、顔はしわくちゃだ。悪いとは思ったけど、吹き出してしまった。
失礼さをごまかすため、まだ寝ている明を蹴っ飛ばして起こす。
「明、望遠鏡出すぞ」
「う、あ、ああ。もうそんな時間か?」
「明るいうちに組み立てといたほうが楽だろ?」
「それもそうか。カサドン、起きろよ」
「ふあーい」
望遠鏡の段ボールを二人がかりで持って外に出ると、風はすっかり冷たくなってきていた。他のキャンパーの焚き火の煙が幾つか見える。
「広場のど真ん中に置くのがいいかな」
明に聞いてみる。
「そうだな、もうこのあとキャンパーも増えないだろうから大丈夫だろう」
「了解」
一汗かいて広場中央に荷物を下ろす。まずは三脚を立て、望遠鏡の架台を組み立てる。水平を慎重にとり、最後に望遠鏡本体「鏡筒」を架台に乗せる。
「それにしても重いですね」
カサドンが言う。
「キン肉マンのカサドンでも重い?」
「マジで重いっすよ。でもそのほうが安定するんでしょうね」
「そうだよ。軽いのはきっとだめだよ。大学の屋上でも、振動で視界が揺れるくらいだから」
「そうなんですか」
望遠鏡の近くにテーブルやらイスを置くが、まだ広げない。どうせ夜露で濡れてしまうから、使うギリギリまで広げないほうがいいだろう。
「こうして望遠鏡を冷やしておけば、大丈夫だろう」
と明は言うので、バンガローに戻る。
歩きながら明が言う。
「ついに女子会料理が食えるぞ」
カサドンが応じる。
「うまいらしいっすよね」
僕は僕で、
「明、緒方さんの料理うまいらしいぞ」
と明に言ってみた。
「らしいな、俺、一生食いたい」
そう、今回のキャンプの目的は天体望遠鏡を通してみた宇宙の感動を明と緒方さんが共有することにある。これをきっかけに明が文字通り一生緒方さんの料理を食べることになれば、キャンプは大成功ということだ。明はいつも馬鹿なことばっかり言っているようであるが、実はみんなの雰囲気を敏感に感じ取り、それに応じて馬鹿話をしている。はっきりとした態度には出さないが、付き合いの長い僕には明が緒方さんに好意を抱いているのもわかる。
うまく行って欲しいと心から思う。
バンガローに向かって歩いていると、バンガローから恩田さんが出てきて僕たちを呼んだ。
「ごはんできたよー!」
「はーい!」
カサドンがいきなりダッシュした。
バンガローに入ると、電球色の温かい光の下、料理が並んでいた。パエリアがいい匂いをさせている。これは緒方さんの自信作だそうだ。野菜炒めも山盛りになっていて、女子会ではかならず神崎さんが作るらしい。そのほかサラダとかスーパーの惣菜とか、思いつくままに食べたいものを並べただけみたいな料理が並んでいる。どうもこの女子たちは、オシャレ感よりも食欲そのものに忠実なようだ。男子校育ちの僕には、かえってそのほうが気楽でいい。
いただきまーすと、みんなで緒方さん・神崎さんに感謝して食事を始める。
「明くん、おいしいでしょ」
神崎さんはパエリアを食べている明に声をかける。彼女なりに緒方さんを明に売り込んでいるのだろう。
「うん、最高。でもお酒飲みたい」
すると緒方さんが反応した。
「ダメ!」
お酒は星をみてからだそうだ。緒方さんはまだあまり食べてないだろうに、キッチンに立っていった。明が、
「どうしたの?」
と聞くが、神崎さんたちは、
「いいから、いいから」
と明を止める。しばらくすると、ソーセージを焼いたのをもって緒方さんが帰ってきた。
すると突然恩田さんが叫んだ。
「明くん、ワシの妾の料理を食べてみい!」
これが噂に聞いた、オヤジ化した恩田さんらしい。
「カサドンもどうや、うまいやろ!」
食欲も満たされたところで女子は片付け、男子は星見準備のしあげにかかる。今度は接眼レンズとかバッテリー類とか付属品類を持っていく。それらを望遠鏡に組み付け、テーブルとイスを広げていると星が見え始めてきた。
「僕、女子呼んでくるよ」
と声をかけてバンガローに戻る。手が冷えてきた。
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