第65話 キャンプへ
「大学、中入れるの?」
「うん、池田先生に実験機材の搬出入ということで、許可証申請してもらった」
「へ、なにそれ」
「おかしいでしょ、理論研の先生が実験機材って」
「警備の人はわかんないだろうけどね」
理学部棟下の駐車場に車を停める。
「神崎さん、僕明のところ行って望遠鏡取ってくるよ」
「私も行くよ」
「了解」
階段を三階まで上がり明の研究室まで行く。
「ちょと息が上がっちゃうね」
神崎さんが笑う。
「お互い、運動不足かな」
そう返事すると神崎さんは、
「そう言えば最近、ジョギングしてない」
「雪降ってきたらできないよ」
「どうしよう。太っちゃう」
明は研究室の外まで望遠鏡の入った段ボールを出して待っていた。
「聖女様、明、悪いね。無理すりゃいけるんだけどね」
「壊したらいけないし、人数いるときはいいじゃない?」
本体が入っているらしき大きな段ボールは僕と明が、小さい段ボールは神崎さんが持った。
神崎さんが先頭に立ち、階段を誘導してくれた。
車に乗って恩田さんたちとの集合場所、コンビニに向かう。
「修二、さっきなんか楽しそうに話してたけど、何の話?」
「いや、僕からは言えない」
「あのね、私最近運動不足でさ、雪降ったらジョギングできなくなるってね」
「そうか、こっちの人どうしてるんだろ? スノトレ?」
「ああそれか、真美ちゃんとカサドンに聞いてみよう」
コンビニには恩田さんの車がもういた。カサドンが手を振っている。
「緒方さんまだ?」
「まだです」
「神崎さん、買い物しちゃおうよ」
「そうね」
買い物していたら、緒方さんが到着した。
「ごめーん、遅れたー」
「うんにゃ、遅れてない。みんな楽しみで早く来ただけ」
「はははは~」
カサドンは恩田さんの車に乗り、緒方さんは疲れているということで後ろに座ると言った。明も後ろに座るとのことで、僕はめでたく助手席におさまった。
いつものことだが、このメンバーでのドライブは楽しい。
「ね、日本海見たいから高速使わないでいいかな?」
神崎さんが言うので、
「いいんじゃない?」
と肯定して、恩田さんにSNSでその旨連絡する。
「ガム食べる?」
と聞いてみたら、
「うん、食べる」
と言って、神崎さんはいつものように口を開けた。
「のぞみん、寝ちゃったよ」
明が教えてくれる。
「実験大変そうだもんな」
つづけて明がぽつりという。緒方さんは僕がSHELに出張したあとも、より質の良いサンプルを求めて相当努力しているらしい。
「のぞみはね、世界で勝負できるサンプルを作りたいのよ」
神崎さんも言う。僕は、こないだ実験してきたサンプルも、世界に自慢できるサンプルだと思いたい。なんとかデータ処理の方法を確立して、よい結果を明らかにしたい。しかしここ数日、日常のルーティンワークの遅れを取り戻すのにいっぱいっぱいで、データ処理が全然すすんでいない。キャンプから帰ったら、なんとか時間を確保して早くやってしまおうと今一度思う。
海が見えてきた。
「のぞみん、起きろよ、日本海きれいだぞ」
明が緒方さんを起こす。確かにこの海の色は、見ないのはもったいなさすぎる。
「ん、んん、日本海? あ、きれい。すごいきれい」
キャンプ場に着いた。落葉が進み明るいが茶色の勝る光景は、冬が近いことを知らせてくれる。東京の晩秋は寂しさが勝る気がする。その寂しさを紛らわすためにクリスマス商戦の大騒ぎをしている気もしてきた。しかし眼の前の北海道の秋は、近づく冬の気配の中、陽光のありがたみをじんわりと教えてくれた。
車から降りてきた恩田さんが言った。
「北海道の秋、きれいでしょ」
神崎さんが答えている。
「うん、ほんときれい。キャンプ来てよかった」
「一年を通して、それぞれの季節、みんな私大好きなんだ」
「うん、旅行じゃわかんないね」
「そう、住まないとわからない。聖女様、これからの季節も楽しいよ」
僕たちはこないだの春、北海道にやってきた。今まで十分北海道の風土を楽しんできたけれど、まだまだ北海道はすべての姿を見せてくれてはいないのだ。
荷物をおろしたところで、女性陣は食料買い出しに行った。僕たち男子は荷物運びに精を出す。キャンプとは言っているが、キャンプ経験者もいないし望遠鏡など星見の道具も多いのでバンガローを一棟借りていた。
「女の人たちの荷物、どうしますかね?」
カサドンが聞いた。
「うん、バンガローの奥の部屋がいいんじゃない?」
「はーい」
カサドンは筋肉マッチョの見た目通り力持ちなのか、女子の荷物を全部もってしまった。
思わず僕はカサドンに言ってしまった。
「あのさ、それだけ力持ちなんだから、実験来ない?」
「やっぱり僕の脳みそだと、理論むりですかね?」
「そうじゃないくて、筋肉、パワーがすごいってこと!」
「頭脳労働より、肉体労働ですか?」
「もしかして、学力にコンプレックス持ってる?」
「ええ、聖女様すごすぎて、同じ理論研と思えないです」
なんか地雷踏んだらしい。なんとか助けてもらおうと明に視線を送ると、
「ま、適材適所ってことで」
などととんでもないことを言う。
「もしかして、神崎さんにしごかれてる?」
「はい、院試の頃から、聖女様めちゃめちゃきびしいんですよ」
「うーん、それは期待されてるんじゃないかな」
「そうすかね」
「神崎さんの性格からすると、理論が無理と思ったら、かえって優しく接すると思うんだけど」
「ほんとですかぁ」
明は、
「カサドン、この修二が言うんだから、間違いないよ。聖女様については修二がいちばんよくわかってるよ」
と言ってくれた。
「そうか、唐沢先輩の言うことなら信頼できるか」
一応カサドンは納得してくれたようだが、その理由については僕は納得できない。
「僕じゃなくても、神崎さんはそういう人だって、みんなわかってるよ」
「僕はわかってなかったですけど」
「ま、カサドンは研究室の後輩だからさ、厳しく育ててるんじゃない」
「はい、まあわかりました。聖女様の彼氏さんの言う事を信じないわけにはいかないですし」
「いや、僕、彼氏じゃないよ」
「なに言ってるんすか、先輩の出張中、聖女様全然研究できてなかったですよ」
「そうなの? 明、そうなの?」
「ああ、ありゃひどかったな。魂抜けてたな」
「電話したときは元気そうだったけど」
「先輩、出張中の午前中、聖女様完全に抜け殻でしたよ。お昼に電話してたでしょ。その時だけ元気で、そのあとはまた元気なくなっていくんですよ。僕たちも見てて辛かったですよ」
「そこまで?」
「そこまでですよ。先輩、そろそろはっきりさせたほうがいいんじゃないですか?」
「はっきりさせるって、なにを?」
「お二人の関係ですよ。もうふたりとも、気持ちはバレバレですよ。なのに進展がない。もういい加減にしてくださいよ」
明も言ってきた。
「修二、そろそろ年貢の納めどきだよ。覚悟決めろよ」
そんなに僕はヘタレなのだろうか。
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