第63話 お土産

 新千歳についた。飛行機は若干遅れ気味で、神崎さんを待たせてしまっているのではないかと、ちょと心配だった。

 それより僕は、神崎さんにどんな顔をして会うか、迷ってしまう。神崎さんが実験中に、実験制御用のコンピューターにログインしていたのはまちがいない。いくらあの「効果」があるとしても、研究者として最新のデータを見たいのは当然だ。だいたい、僕自身はあの「効果」自体否定したい。その意味では純粋に実験が失敗であってほしい。しかし神崎さんや緒方さんがこの実験にどれだけエネルギーを注いできたか僕は知っている。であるならば、あのノイズだらけのデータから意味のあるデータを救い出したい。

 あの「効果」が実在するとしたら、僕には対処の方法がある。彼女のログイン時間帯を割り出すことは容易だし、SHELからもらったバックアップデータからその時間帯のデータを排除するのもなんとかなるだろう。

 ただ、神崎さんはよりによって僕から「聖女効果」の実在を突きつけられたくないだろうから、よほど慎重に行動する必要がある。決定的なことが見つかるまで、僕は彼女には何も話さないことにした。

 

 出迎えの人混みの向こうに神崎さんが見えた。薄いピンクのブラウスにスリムなデニムパンツをあわせている。少し気温が低いのだろうか。スエードの靴を履いているが、きっと凝り性の彼女だ、ドライビングシューズだろう。スリムなパンツも、ドライビング中の足さばきのためかもしれない。下半身のラインがセクシーだ。

 近づくにつれ、手を振る彼女の表情がよく分かるようになる。僕は今までで彼女の一番の笑顔を見たような気がする。

 

「おかえりなさい」

「神崎さん、ただいま」

「修二くん、荷物多いね。何か持つよ」

「いや、悪いよ」

「ううん、持たせて」

 神崎さんが手を伸ばしてきた。その手が僕の手にあたり、神崎さんは手を引っ込めてしまった。

「お願い、何か持たせて」

と言うので、

「じゃあ」

と言って、リュックを渡した。神崎さんは軽やかに僕を駐車場に導いていく。


 神崎さんの車はいつもきれいだ。運転もうまいが、車自体大事にしているのがわかる。その車に神崎さんはわざわざドアを開けて乗せてくれる。

 高速道路を降りる頃、急に神崎さんが言った。

「お昼、どっかで食べない?」

「え、学食じゃなくて?」

「う、うん」

「あのね、久しぶりに、二人でゆっくりお話したくて」

 

 うれしかった。僕も神崎さんとゆっくりと話がしたい。うれしすぎて、返事が遅れてしまった。そもそも、神崎さんとは美味しいものを食べに行く約束をしていた。食べ物関連で女性の恨みを買うのはまずい。

「そういうことなら喜んで」

 

 ファミリーレストランが見えてきた。

「あそこでいいかな?」

と神崎さんがきいてくる。僕に異存はない。

「いいね、美味しいんじゃない」


 店に入るとそれなりに混んでいて、ちょっと待たされた。順番待ちの椅子は狭く、体があたってしまう。肩くらいならいいけれど、足があたってしまうとなんか緊張してしまう。


 やっと席に案内された。

「なんにする?」

ときいてみた。、

「これにしようかな」

と、神崎さんは小さなステーキにエビフライ、カニコロッケがついたセットを指さした。

「じゃ、僕もそうしよ」

さっそく注文する。


 車の中でもそうだったが、ちょっとの間だけど不在にした札幌のことを聞く。神崎さんは楽しそうに話してくれるが、実験の話はしない。

 料理が来た。僕は神崎さんが食べ始めるのを待つ。

「どう、美味しい?」

 と聞いてみたら、

「うん、美味しい」

 とのことだ。あまり魚介類が得意でない神崎さんが美味しそうに食べている。

 僕も感想を言う。

「チェーン店だから、どこも同じ味なんだろうけど、美味しいね」

「うん、美味しい」

 ちょっと恥ずかしかったが、言ってみた。

「料理の味は、一緒に食べる人に左右されるんじゃないかな?」

 神崎さんは顔を赤くして、下を向いてしまった。僕も同じくらい赤い顔をしていたかもしれない。

 

 食べ終わったところで、先日のパフェの件を思い出した。忘れずにデザートを勧めておこう。

「神崎さん、デザート食べようよ」

 メニューを広げて神崎さんに見せる。

「うーん」

 神崎さんは視線を上下左右に激しく動かし、悩んでいる。どれもみな魅力的で、決めかねているのだろうか。

「うーん、修二くん、選んで」

「いいの?」

「おねがい」

 ブルーベリーのタルトにした。神崎さんはコーヒーも好きだから、忘れずに頼む。

 デザートはすぐに来た。とても美味しい。これにしてよかった。

 

 そうだ、忘れないうちにお土産を渡しておこう。

「神崎さん、お土産」

「あ、ありがとう。あけていい?」

「うん」

 神崎さんは包をひらき、ハンカチを見ている。じっと見ている。

「よかったら、使ってよ」

「ありがとう。でももったいなくて、使えなさそう」

「そう言うかもしれないって思って、あと六つ買った。これなら毎日使えるでしょう?」

「イチョウって、漢字で書くと銀の杏って書くでしょ。だからこれしかないかなって思ってね」

 自分でもくさいセリフだと思うが、本当にそう思っているからそのまんま言った。

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