第59話 いちごデラックスパフェ
翌朝、制御PCの前でうたた寝していると、榊原先生に起こされた。
「おはよう。どうだね、具合は」
「おはようございます。それが……」
「ま、まさか」
PC上に測定データを表示させると、榊原先生の唸り声が聞こえた。
「二晩続けて同様のデータだとすると、これが本当のことなのか……」
「よくわかりませんけど、そろそろ予定通り測定を終わらないと……」
「うん、そうしてくれ」
ぐったりとした気持ちで測定終了のコマンドを送る。
「僕たち、終わります」
次の実験グループに声をかけ、実験ホールに入る。
実験ホールでクレーンを操作し、冷凍機を分光器から引き上げる。
「唐沢くん、悪いけど操作、一人でやってよ。俺は動画撮るから」
「了解です」
冷凍機や分光器になにか不具合が起きていないか、あとからでも検証できるように動画を撮るということだ。次のグループの人達も、僕たちのトラブルと同じことが起きないように、僕たちの作業を見守り、必要に応じて手伝ってくれる。だから手が足りないということはない。
「うーん、どこもへんなとこないなぁ。とにかくバラそう」
「そうですね」
とりあえず僕たちが使用した冷凍機をクレーンから下ろし、次のグループの冷凍機をクレーンで分光器に下ろす。セットできた段階で次のグループの人達は、
「何かわかったら教えて下さい」
と言って、制御室に戻っていった。
冷凍機は、断熱のための真空層の中にサンプルを冷却する部分がぶら下がっている。通常は真空層から冷却部を外さなくてもサンプル交換できるようになっているが、今日は真空層までバラす。この段階でもっともあり得るトラブルは、真空層内まで含め、中性子線が当たる部分に余計なものが入り込んでいるか、余計な中性子線をカットするためのシールド材のカドミウムが外れてしまっているかだ。
「クレーンを使って、ゆっくり慎重にやろう」
榊原先生が指示する。装置に衝撃を与えてしまうと中の物の位置関係がかわってしまうかもしれないから慎重に作業を進める必要があるのだ。
一つ部品を外すたびに、先生は撮影しながら装置の周りを一周する。
「うーん」
僕から見ても異常は全くわからず、困惑は深まるばかりだ。
通常の倍以上の時間をかけ装置をバラしたが、結局原因はわからなかった。
仕方なく、再び装置を組み上げ、真空層の真空引きをする。
制御室にもどり、状況を検討する。新発田先生や今実験をしているグループも議論に加わる。撮影したばかりのビデオを新発田先生にみてもらっても、全く原因がわからない。
おまけに現在の測定は、問題なく進んでいる。
もう昼になってしまった。
「食事行こ、食事。こんなときは美味しいものを食べるに限る!」
新発田先生がみんなに声をかけ、SHELの外にあるステーキレストランに行くことになった。
ステーキレストランはランチタイムだから混んでいた。順番待ちの椅子に座りながら神埼さんにSNSで連絡する。
「実験装置に異常なし。原因不明のため食事中」
すぐに返事が返ってくる。
「データみた。こっちでも検討する。ランチ何?」
「ステーキ」
「いいな」
「新発田先生が気分転換にと」
「そうだね、デザートも食べたほうがいいよ!」
さすが女性の発想である。渡されていたメニューのデザートのページを写真にとって神埼さんに送る。
「おすすめは?」
横にいた榊原先生が話しかけてきた。
「なにしてるの?」
「神崎さんに、おすすめのデザートをきいてました」
「おお、女性の意見は重要だな」
ちょっとして神崎さんから返答があった。
「いちごのデラックスパフェ」
僕はそれを榊原先生に伝える。すると先生は、
「よっしゃ、全員いちごのデラックスパフェ食うぞ!」
と言うので、それを神崎さんに伝えた。
それに対する神崎さんは、
「私も食べたい」
などと送ってくるので、
「ムリ」
と送ると、
「恨む恨む恨む恨む恨む」
と来た。そのやりとりを榊原先生に見せると、
「やばい、やっぱやめるか」
という。田口さんはもう口がいちごになっているという。
新発田先生は「なんとかしろ」と怖い顔をしている。
しかたないので、
「帰ったら、一緒に美味しいもの食べよう」
と送ったら、
「絶対だよ」
と返ってきた。
ステーキを美味しく食べ、デザートも堪能する。男ばかりの席にいちごデラックスパフェが林立する光景はすごい。写真にとって神崎さんに送る。すると、
「食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい」
と来た。
それをみんなに見せると新発田先生は、
「怖い怖い怖い怖い怖い」
と言った。
もちろんそんなことを神崎さんに送るわけにいかないので、
「今度ね」
と送ったら、
「連れて行ってくれなかったら許さない」
とのことだ。
以前、みんなで食事した時健太が木下さんが来るまで甘いものに手をつけなかったことを思い出す。健太は木下さんとうまくやっているだろうか。
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