第50話 実験計画

 僕は学食で夕食をとりながら明のボヤキを聞かされていた。

「俺、何か悪いことをしたと思う?」

「どうせ、した、というより言っただろうな」

「まあそうなんだけどさ」

 というのは、明は今日の午前中緒方さんにこき使われたのだ。

 

 午前中、神崎さんと緒方さんは東海村出張から帰った挨拶を各研究室をまわってした。その際お土産として扶桑女子大カステラを配ったのだが、その大量のカステラが入った段ボール運びをやらされたのだ。

 

「笑顔で起こっているときののぞみん、まじで怖いんだよ」

「それがわかっているなら、もうちょっと言動に気をつけろよ」

「それができれば苦労がないんだけどなぁ」

「黙ってればいいんじゃない、あ、無理か」

 

「そう言えばのぞみん、あまったカステラくれた」

 明がカステラを一本取り出し素手で二等分した。

「半分食ってくれよ」


 その夜、カステラの食レポが親衛隊・ファンクラブに掲載された。結構詳細に味を分析された記事を読んでいると、電話がなった。神崎さんからだ。

「はい、唐沢」

「あ、修二くん、夜ごめんね。あのさ、中性子の実験で相談したいことあるから、明日の昼、学食で相談していいかな」

「わかった」

「ありがと、じゃ」

 あっという間に電話が切れた。

 しばらくボーっとしてしまった。

 

 落ち着いて考えれば、東海村で新発田先生からなにか実験計画について指摘があったのだろう。自宅には東海村の分光器の資料がなにもないから、明日大学に早めに行って調べ直しておこう。

 

 翌日の昼食時、学食で研究室のメンバーとは「神崎さんと打ち合わせするから」と言って別行動した。神崎さんはハンバーグカレーが好きだから、今日は僕もハンバーグカレーにする。列に並んでいると隣になぜか明がいた。

 トレーを持って見渡すと、あっさり神崎さんは見つかった。

 僕より先に明が挨拶してしまう。

「聖女様、おまたせ」

「明くん、あんたなんでハンバーグカレーなの?」

「聖女様との会食は、ハンバーグカレーに決まっているでしょ。なんなら飲み物、バナナオーレ買ってくる?」

「あんたねぇ、私達三人がハンバーグカレーで、のぞみだけちがうメニューだったらどうするの?」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ、のぞみんもどうせハンバーグカレーだよ」

「修二くん、どう思う?」

「僕はハンバーグカレー一択だけど、緒方さんはどうかな?」

 ちょっと間があって神崎さんが話を続けた。

「のぞみ、ちょっと遅れるって。先食べてていいって」

「いや、俺は待つ」

 明は男らしく言った。

「明くん、いいとこあるんだね」

「いや、先食べて怒られたら、超こわい」

 こいつが緒方さんの気持ちを優先するのはいい傾向だ。

 

 しばらくすると、緒方さんがハンバーグカレーを持ってやってきた。傍目には僕らはとても仲良く見えるだろう。

「みんな食べててよかったのに」

と言って、緒方さんが着席する。

「で、何?」

 神崎さんが食べながら説明を始めた。

「今度の中性子の実験ね、新発田先生から言われたんだけど、もう少し余裕をもたせた方がいいって」

 余裕とは、時間的余裕のことだろうか。なので、

「具体的に、どういうことかな?」

と聞いてみた。

「あのね、ビームラインが止まるとか、冷凍機の不調とか、そういうことがあるかもしれないって」

 確かにそれはありうるだろう。あんまりキチキチに計画をたてると、ちょっとしたトラブルでいろいろと不都合が起こるだろう。

 測定する温度間隔をもう少しまばらにするか?

 しかし、転移温度付近は丁寧にやらなければならないし。

 

 妙案が浮かばず考えていると、明が発言した。

「実験計画って、どうなってるの?」

 神崎さんは実験計画のメモ書きを明に渡す。

 しばらくそれをみていた明が口を開いた。

「これさ、c軸の格子定数が11.3オングストロームから11.9オングストロームのサンプルを測定するんでしょ? 11.3オングストロームから測るんじゃなくて、11.5、11.4、11,6、11.3、11.7、11.2、11.9の順に測定すればいいんじゃない?」


 僕は内心感心した。実験の基準となる格子定数を中心として、だんだんそれから遠い方向に測定していけば、実験がトラブル出遅れても被害は基準値から遠いところだけになる。明は頭が柔らかい。

 

 神崎さんも同様に思ったらしく、明の顔を口を開けて見つめている。ちょっと間抜けな顔だが、それもまたかわいいというか、滅多に見れない表情だ。

「俺、なんかマズいこと言った?」

「明くん、それいい! 天才だわ!」

 女子が口々に明を称賛する。

「そう? 専門外だから、自信なかった」

 となれば早いうちに榊原先生に話を通したほうがいいだろう。

「じゃ、このあと榊原先生のところに行こうか?」

 僕の提案に明は、

「ああ、がんばってね」

などと言う。緒方さんは、

「明くんも行くんだよ」

と言った。

「なんで?」

「明くんも、サンプル作るの手伝ってくれたでしょ。榊原先生に会っとけば、論文に名前入れてもらえるかもよ」

「お、ラッキー!」


 そう、明はもう、僕らのこの実験の大切な仲間だ。

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