第49話 ぬいぐるみ

 九月の連休前、神崎さんは東海村へ行ってしまった。十日もいないので、ちょっと淋しくなるかなと思っていたら、メールが着信した。神崎さんだ。

「家ついた。あつい」

とだけあった。なんと返していいかわからず、

「水分補給」

とだけ送った。

 しばらくしたら麦茶らしい茶色い液体の入ったグラスの写真が送られてきた。

 

 夜になったら神崎さんのお母様からメールが来た。

「これから杏と食べます」

という本文に、トンカツの写真が添付されている。

「僕も食べたいです」

と返信する。


 翌日午前は、緒方さんから着信する。神崎さんが木下さんと扶桑女子大の坂を登る写真付きだ。そのうち神崎さんからも三人並んでピースしている写真が来る。

 

 夜は夜で、三人でお酒をのんでいる写真が来た。

 

 神崎さんは親衛隊、緒方さんはファンクラブのSNSにもときどき写真をアップしているが、それ以上に沢山、メールが来る。気になって明に電話した。

「明、お前のところにもメール来るか」

「うん、聖女様からものぞみんからもじゃんじゃんくるぞ」

「僕もだ。ぜんぜん淋しくないな」

「おう、そうだな」


「そう言えば前さ、聖女様が親衛隊に予定載せられて文句言ってたろ。プライバシー無いって。自分でこんだけアップしてんだから、矛盾してるよな」

 明の発言に大笑いしてしまった。

 

 翌日明とスマホを見せ合うと、緒方さんから僕に来るメールは神崎さんの写真、神崎さんから明にくるのには緒方さんの写真が添付されている。どれもSNSにはアップされていないものばかりだ。

 うれしかった。

 そうしているうち、SNSに東海村駅の写真がアップされる。

 明と二人で笑った。

 たまたま通りかかった池田先生は、

「君ら全然淋しくないだろう」

と先生のスマホを振りながら言っていた。


 昼からしばらくSNSの更新もメールもなくなった。僕がスマホをにぎって椅子に座って休憩していると、榊原先生が通りかかった。

「唐沢くん、多分あの二人実験ホール内にいるんじゃないかな。あそこ電波届かない」

「そうですか、ありがとうございます」

 実験ホールとは、中性子散乱実験が実際に行われる場所だ。原子炉同様に放射線管理区域に指定されていて、強固なコンクリートで覆われている。当然スマホの電波は届かない。

 実際榊原先生の言う通りで、夕方になったら大量にメールが来た。神崎さんがチョッパー分光器の前でポーズをとっている。

 

 その日の緒方さんからの大量のメールの中、神崎さんが泣きそうにしている写真があった。さすがにこれには説明がついていた。

「明日の実験教室の練習中。聖女様3回連続で失敗」

 僕は「慰めてあげてよ」と緒方さんに頼んだのだが「ムリ」という返事がきた。ちょっとムッとして「ナゼ」と送ったら、「学生実験でペアでひどい目に合った」ときた。その話は知っていたから、「ゴメン」と送っておいた。

 

 翌日はメールの量が減った。一般公開で忙しいのだろう。

 

 一般公開二日目、緒方さんから作業着姿の神崎さんの写真が来る。

「色違い?」

との本文が付いていたが、返事しなかった。できなかった。


 このあとも、ちょこちょことSNSの更新やらメールやらで二人の行動はほぼリアルタイムでよくわかった。おかげで淋しくはないが、やっぱり早く帰ってきてほしいと思う。

 

 ただ、緒方さんのおかげで、神崎さんの写真がたくさん増えた。

 

 神崎さんたちが北海道に帰ってくる前日、恩田さんが僕のところにやってきた。

「修二くん、悪いけど明日二人の迎えは私だけで行く。くるまちっちゃいからさ、ごめんね。明くんにも言っといてくれないかな」

 迎えに行きたいのは確かだが、恩田さんの言うのももっともなので素直に従うことにする。

 

 その日、飛行機に乗る前、「もうすぐ帰るよ」とメールが来た。「待ってる」と返す。

 四時前「ただいまもどりました」と神崎さんから来た。ちょうど作業中で手が離せず、「おかえりなさい」とだけ返した。ちょっと後悔した。

 

 その日はその後連絡がなかった。

 

 翌日、大学へ行こうと家を出ると、

「修二くん、おはよ!」

と声をかけられた。神崎さんだ。けっこうびっくりした。

「あ、神崎さん、ひさしぶり。どうだったあっちは?」

「うん、よかった。でね、これ、おみやげ」

「あ、ありがとう、何かな?」

「じゃ、じゃあ、また」

 ダッシュで逃げていった。

 

 大学へ行って、誰もまわりにいないか確かめ、袋から中身を出してみると、白いくまである。赤いTシャツをきているのでメスだろうか。そう思ってぬいぐるみを見ていると、神崎さんの分身のような気がしてきた。大事にしようとカバンにしまい込む。すると明がやってきた。

「修二~、いるか~?」

「おお~、いるぞ~」

 明は先程僕がもらったのと同じ包をもっていた。

「俺、のぞみんからクマもらった」

 見せてくれたクマは、ピンクのTシャツを着ていた。

 僕も神崎さんからもらったクマのぬいぐるみをみせる。

 明は二匹のクマを並べて写真を撮った。

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