第47話 自立
ビール園の翌日午後三時半、約束通り休憩は池田研で取った。昼食も神崎さんのお母様に作ってもらったお弁当を池田研ゼミ室で食べていたから本日二回目だ。
神崎さんが揚げ餅とコーヒーを並べる。
「バナナオーレ、飲む人いる?」
僕は黙って手を挙げた。
ちょっと会話していたら緒方さんが立ち上がった。
「聖女様、私下行ってお菓子取ってくる」
「あ、俺も行くよ」
緒方さんと明がそろって出ていった。
それをしっかりと見届けて神崎さんは声をひそめて聞いてきた。
「修二くん、のぞみと明くんって、うまくいってるの?」
「うーん、よくわかんないな。いい雰囲気ではあるけれど」
「そうなんだ」
「でもね、正直なところ、午後に池田研に呼んでもらって助かったよ」
「そうなの?」
「僕もさ、緒方さんの気持ちは知ってるしね、三人でいるとおじゃま虫っぽくて」
「なるほど」
「かと言って、緒方さんと二人っきりで実験するのもなんだしね」
「うーん」
「だけどね、明のやつ、緒方さんのサンプル作り、自分から手伝いたいって言ってきたんだよ」
「ほ、ほう」
「修二くん、明くんとの付き合い、長いんでしょう。実際のところ、のぞみのこと、どう思ってるのかな」
「うーん、明のことは、よくわかんないね」
「俺がどうしたって?」
へんなところで明が戻ってきて、ちょっと慌てた。
「二人共早いのね」
「そう、だってとってくるだけだもん」
神崎さんは話題を変えた。
「あのさ、カサドン昨日、写真送ってきた」
スマホの画面を見せてくれた。きれいな電飾を背景に、二人は幸せそうにピースサインである。カサドンはなかなかやるらしい。
緒方さんが興奮して聞く。
「ほ、本文無いの?」
「無い」
「無いのか~」
「うん、だから写真の意味はわからない」
明が言う。
「これはコクって、うまく行ってのピースなんじゃない?」
僕もそう思って付け足す。
「うーん、あの雰囲気だから、普通勝負に出るよな」
明が言う。
「そうだよな、だけど、俺たちが行ったときは男ばっかだったよな」
「だけど、まわりカップルだらけだったぞ」
そう、大学一年のときクラスの仲間で夢の国に行ったのだ。
緒方さんが言う。
「男ばかりだと、絵にならんねぇ」
明が言い返す。
「女ならいいのかよ」
「うん、可愛ければそれでよし」
「男女差別なんじゃないかね」
「なら、今度私と行く?」
「おお、のぞむところだ。のぞみんだけに」
僕は神崎さんと顔を見合わせた。
明日神崎さんのご両親は帰る予定だ。最後の晩なので、神崎さんは早めに帰宅した。
翌日の昼食も神崎さんのお母様手作りだった。今日もおにぎりやらサンドイッチやらバラエティ豊かだ。
「いやぁ、このうまいランチも今日までかぁ」
明のバカが、神崎さんの心も考えず言ってしまう。
「うん、ごめんね」
神崎さんはちょっと元気がない。ご両親が帰るのだ、そりゃそうだろう。
午後の休憩もいつもどおり池田研ゼミ室だが、神崎さんはやっぱり元気が無い。ときたまカサドンの噂などして空元気を出すが、しばらくすると黙り込んでしまう。僕はどう慰めていいかわからず、明だけがいつも通り馬鹿なことを言い続けている。
休憩が終わり実験室に移動したところで、緒方さんが切れた。
「明くん、いくらなんでも無神経すぎない?」
「聖女様だろ、俺としてはいつもどおりのほうがいいかと思って必死にバカを言ってたんだけど」
「そうなの?」
僕も驚いた。
「ああごめん、逆効果だったかなぁ」
と明が急に落ち込んでしまった。明が落ち込むのもめずらしい。
「明くんごめん、言い過ぎた。明くんなりにがんばってるのわかんなかった」
実験室はお通夜みたいになってしまった。
いつまでもお通夜してても仕方がないので、作業を進める。無言の時間が続く。
しばらくして緒方さんのスマホに着信があった。送られてきたものを呼んだ緒方さんがスマホの画面を僕たちに見せてきた。
「ごめん、今日、早く帰る」
神崎さんだった。
「ど、どうしよ」
緒方さんが動揺している。
「俺達神崎さんちに押しかけるわけにもいかないしな」
明は神崎さんの寂しさを紛らわす方法を考えているのだろう。
「せめて私だけでも」
緒方さんも同じらしい。だけど僕の意見はちがった。
「ほっとこう」
「おい、修二、お前冷たくないか?」
ちょっと間をおいて明に言われた。口調も相当きつい。
「わたしもそれはどうかと思う」
緒方さんにも非難さんれてしまった。
「二人の言うのもわかるけど、神崎さん、さみしいの僕らに見られたいかな?」
しばらく無言が続いたので僕は言葉を継いだ。
「僕たちさ、院生だけど気持ちだけは親から自立したつもりでしょ。神崎さんもそうだよ。だからここで慰めるのは、自立したい神崎さんの気持ちを踏みにじることになる」
またも沈黙が続くが今度はそれを緒方さんが破った。
「修二くん、ライオンタイプだね」
「なにそれ?」
「獅子は我が子を千尋の谷に落とすというでしょう」
「神崎さんは僕の子じゃないけど」
「ははは、だけど聖母様は完全にそのタイプだな」
そう言うわけで緒方さんはスマホで「じゃ、また明日」とだけ送った。
そういうわけで、僕たちは敢えて何のフォローもしないことにした。
僕だって好き好んでこの決断をしたわけじゃない。その証拠に僕はその夜はあまり寝れなかった。
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