第46話 食べ放題・飲み放題
翌日も神崎さんのご両親は一緒に池田研ゼミ室で昼食を振る舞ってくれた。午後は札幌観光すると言う。
その次の日は朝から富良野観光だということだが、お弁当自体は作ってくれていた。
僕は神埼さんに言いたかった。
「いやあ、なんだか毎日悪いね、神崎さん」
「お母さん、作りたいだけだと思うよ。気にしないで。それより、昨日は案内してくれてありがとう」
「いや、自分のやっていることを人に理解してもらうのは嬉しいもんだね」
明が割り込んできた。
「俺もさ、案内するって言ったんだけどさ、修二のやつ、俺には緒方さんを手伝えって、追っ払われた。俺としてはね、修二が緊張してるんではないかと、気を使ったつもりなんだよ」
「緊張するの?」
神崎さんに聞かれたから、ちょっと考えて答える。
「うん、緊張しなかったといえば嘘になる。やっぱり自分たちのやっていることをご両親には理解してほしいから」
「それより修二くん、ソフトになっちゃったデュワーって、自分で直せるの?」
「ああ、聞かれちゃってたか。お父さんから?」
「うん、昨日訊かれた」
杏は昨日父にした説明を、もう一度修二にした。
「うん、あってるよ。昨日おかしかったデュワーは、ガラスのだった。お盆明け、先輩に相談して、技官の人に頼むことになりそうだ」
「よかった、間違ってたらどうしようって思ってた」
素人の人にも正確な説明を心がけることは素晴らしいと思う。
納得したのか、神崎さんは今度は緒方さんに尋ねた。
「のぞみ、サンプル、どう?」
「聞くか?」
「聞く」
僕は知っていた。緒方さんはちょっともったいぶって言った。
「実はさ、一つできたんだよ」
「やったー! すごいじゃん]
「喜ぶのは早いよ。安定して作れるようにならないと」
「そうだね」
「聖女様にさ、変に期待させちゃいけないと思って、昨日は黙ってた」
「ごめん」
「そのサンプルのね、X線回折のデータ見てるとき、ちょうどご両親いたんだよ。真面目な顔し続けるのが難しかった」
「なんで?」
「いやさ、やっぱカッコつけたいじゃん。一人だったら踊ってた」
「今から踊る?」
「勘弁してよ」
緒方さんが神崎さんと家族ぐるみで仲良くしているのがうらやましい。
「ねぇのぞみ、今晩飲みいかない?」
「え、なんで?」
「のぞみさ、最近頑張ってるじゃん。お祝い!」
「いいけどさ、聖女様、親来てんじゃん」
「だけど、のぞみの慰労が重要だよ」
「だったら、ご両親も呼ぶか?」
「連絡してみる」
神崎さんがスマホを取り出した。
神崎さんは一旦電話を切った。聞こえてくる内容からすると、今夜の飲みはOKらしい。
「で、どこにしようか」
神崎さんが聞いてくる。
「やっぱさ、北海道らしいとこがいいんじゃない? だってお父さんお母さん、半分旅行でしょ?」
明の意見はもっともだと思う。
「海鮮はさけよう」
緒方さんの意見に、
「ごめんね」
と神崎さんが答える。
「これはビール園じゃないかな?」
僕は話には聞いていたビール園を提案した。
「あ、俺も知ってる。ジンギスカンに飲み放題!」
神崎さんも緒方さんも眼をキラキラさせている。
夕刻、徒歩でビール園に向かう。僕はつい口に出してしまった。
「ビール園って、どんなとこなんだろうね」
神崎さんが僕の顔を見ながら聞いてきた。
「修二くん、おなかすいてるの?」
「ははは、恥ずかしながら」
緒方さんがバラしてしまう。
「男子ったらさ、いつもだったら途中でお菓子とか食べるくせにさ、今日は食べ放題だって、お菓子我慢するんだよ」
それに明がつっこんだ。
「のぞみんだってそうだろう」
ちょっとして神崎さんが今の話題を蒸し返してきた。
「それってさ、午後休憩して、三人でお菓子とか食べてるってこと?」
それに明はあっけらかんと答える。
「そうだよ」
「私はさ、一人で計算して、一人で揚げ餅たべてるんだけどな」
またも明は呑気に言う。
「それにバナナオーレでしょ? イテッ!」
緒方さんがが明の足を蹴っ飛ばした。さすが緒方さんは神崎さんの機嫌の悪くなるポイントを熟知している。
「聖女様、今度から休憩は池田研のゼミ室を借りていいかな?」
「上まで上がってくるの、大変でしょ」
「修二くんも、聖女様と一緒に食べたほうが休憩になるよね」
「そりゃそうだ」
今の発言は、明の奴だ。
「う、うん、もちろんだよ」
とりあえず乗っておく。
ビール園でご両親と合流し、予定通りジンギスカンの食べ放題・飲み放題にチャレンジする。みんな雰囲気のあるレンガ造りの室内をキョロキョロしながらビールを待つ。
最初のビールを神崎さんのお父様はジョッキ四分の三も飲んでしまった。思わず、
「おとうさん、大丈夫ですか?」
と心配したら、
「だれが君のお父さんだ?」
と定番のセリフを返された。笑顔から、一回言ってみたかったらしいと思う。
しばらく飲み食いしていると、お父様が聞いてきた。
「修二くん、君のご実家は都内だったっけ?」
「はい。中央線沿線です」
「なら、意外とうちから近いな」
「そうですね」
「そのうち、修二くんのご実家にもご挨拶しないといけないな」
「ハッ」
さすがに神崎さんが割り込んできた。
「ちょっとぉ、お父さん、何言ってんの?」
「ああ?、一度修二くんのご実家にご挨拶にだな」
お母様が僕を助けてくれようとする。
「お父さん、ものには順番があるでしょ。修二くん、困ってるじゃない」
「そうか、だから順番通りに、まずご挨拶を」
「お父さん、飲み過ぎ!」
その夜はお父様が酔いつぶれた。酔いつぶれ方は、神埼さんに似ている気がする。会計はお母様がさっと済ましてしまった。神崎さんのお母様を見る目つきは、人生の先輩を見る目な気がした。どうも神崎さんが自信なさげに見えたので、
「おかあさんはおかあさん、神崎さんは神崎さんだよ」
と酔にまかせて言っておいた。
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