第45話 見学
神崎さんのお母様に呼ばれたので池田研へと階段を上がる。
三階に着くと廊下でお母様が出迎えてくれた。
「のぞみちゃん、修二くん、明くん、ひさしぶりー」
お父様もゼミ室から出てきて、挨拶を交わした。
ゼミ室のテーブル上は、料理でいっぱいだった。論文が一杯とか、お酒とつまみがいっぱいとかは見たことがあるが、昼食が一杯は初めてだ。食べ物を包んできたバンダナとかが色とりどりにテーブルに色を添えていて、日頃の殺風景なゼミ室と同じ空間とは信じられない。
明がおにぎりに手を伸ばして、緒方さんがその手をひっぱたいた。
「いただきまーす」
神崎さんの音頭で昼食が始まった。
「おかあさん、おかかのおにぎり、おいしいです」
とは、明の言である。
「ほんと、おいしいです」
僕も同調する。
「のぞみちゃん、忙しそうね」
「はい、サンプルづくりが佳境に入っていますんで」
「のぞみ、あとで様子を両親に見せてやってくんないかな? 例の『効果』はないと思う」
「了解」
「杏、あんたハンバーグ食べ過ぎ。昨日も食べたでしょ。それだと男の子たちの分が無くなっちゃうよ」
神崎さんはお母様に注意されている。
「おかあさん、聖女様のハンバーグ好きは有名ですから、想定内です」
明は神埼さんすごい顔で睨まれている。緒方さんは大笑いしている。
ハンバーグを注意されたからか、神崎さんの食べるのが停まっている。
「神崎さん、ちゃんと食べてる?」
神崎さんと目が合った。
「修二くん、そろそろ『杏』っていってあげてよ~」
お母さんが突っ込んでいた。僕は、
「あ、いやー」
としか言えない。
「その方が、杏も喜ぶと思うんだけどなー」
いいんでしょうか?
昼食後、神崎さんのご両親と網浜研に向かう。もちろん緒方さんと明も一緒だ。
「できたかなぁ~」
緒方さんはディフラクションメータをチェックしている。横から見ていると、緒方さんが表示されているデータに眼を見開いている。実験ノートに貼ってあるメモ書きと、ディフラクションメータのアウトプットを何度も見比べている。なにかあったのだろうか。
明が、
「どうかした?」
と問いかけたが、
「ううん、大丈夫」
と言って、説明を始めた。
「これはディフラクションメータと言って……」
なんか上の空の感じだ。
緒方さんは明と引き続き網浜研で作業をつづけ、僕は神崎さんのご両親を見学に案内する。
廊下に出たところで、お母様が聞いてきた。
「修二くん、のぞみちゃんの実験、成功してるの?」
「いえ、まだ探っているところだと思います」
「そうかな、さっきののぞみちゃん、嬉しそうだったけど。ねぇ、あなた」
「うん、あれ、のぞみちゃんが嬉しいのを抑えて確認してるパターンだね」
「そうですか」
「今頃踊ってるかもよ」
「まさか」
「明くんいるしね」
つづいて1階の榊原研の実験室に行く。ちょうど織田先輩が実験しているだろう。
「織田先輩、実験どうですか」
「ああ、そちらは? 僕、榊原研M2の織田です」
織田先輩は礼儀正しい。
「こちら神崎さんのご両親です」
「どうか、よろしく、と言いたいところなんですが、唐沢くん、ちょっと手伝ってくれないかな? お借りしていいですか?」
「もちろん、見学していてもいいですか」
お父様が尋ねる。
「どうぞどうぞ」
「で、どうしたんですか?」
「内デュワーにヘリウム入れてたんだけど、なかなか溜まらないんだよ」
「予冷は?」
「もちろんした。でさ、中見ていたいから、トランスファチューブ、持っててくんないかな」
「わかりました」
織田先輩は、ヘリウムタンクにU字型をしたトランスファチューブをUの字を下にして突っ込む。すると突っ込んでない方からヘリウムガスが出てくる。最初に出てくるのはタンク内の液体ヘリウムが気化したものだが十分冷たいので水蒸気が液化して白く見える。トランスファチューブを内デュワー奥に突っ込む。
僕は作業しながらご両親に説明することにした。
「このガラスの魔法瓶のことをデュワーといいます。二重になっていて、外側に液体窒素、内側に液体ヘリウムを入れます。織田先輩が言っているのは、内側の魔法瓶に、なぜか液体ヘリウムが溜まらないということです」
内デュワー・外デュワーとも断熱性向上のためメッキが施されているが、内部が覗けるように一部はメッキされていない。織田先輩はかがみ込んで内デュワーの奥に差し込まれたトランスファチューブの先端を観察している。
「ちゃんとでてますか?」
「うん、出てる」
デュワー瓶の上からは、もくもくと湯気が出て、内部に液体ヘリウムが送られていることを示している。あまり放置すると、高価なヘリウムを空気中に逃がしてしまうので、そろそろデュワー瓶の上を封じ、出てきたガスはヘリウム回収用のパイプに送らなければならない。
「そろそろ回収につなぎますか?」
「ちょっと待って」
回収パイプ内は少し1気圧より高くなっている。パイプ内に空気などが入らないようにするためだ。しかしその圧のせいでヘリウムが入りにくくなるのを織田先輩は恐れているのだ。
「しかたない、回収に繋いで」
織田先輩の指示で、僕はバルブ類を操作した。
「どうですか?」
「少しずつは溜まってる。内デュワーがソフトになっているかもしれない」
内側の魔法瓶の真空度が下がり、断熱性が低下しているかもしれないということだ。
「それはやっかいですね」
「もう、このままヘリウムを無理やり足しながらやるしかないな」
「必要に応じて呼んでください」
「うん、ありがとう」
そのあと榊原研の装置類を一通り見学してもらった。
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