第41話 盗撮

 休憩後、今度は恩田さんの車を先にして襟裳岬に向けて出発する。

 少し走ると海が見えてきた。

「海だ!」

 声に出してしまった。

「うん、海だね。やっぱり太平洋はいいね」

 神崎さんはそう言う。

「神崎さん、海好き?」

「うん、何年も泳ぎに行ってないけどね」

「そうなんだ」

 ちょっと水着姿の神崎さんを見てみたかった。

「修二くん、エッチなこと考えてるんじゃない?」

 後ろから緒方さんが突っ込んできた。

「俺はのぞみんの水着見たいぞ!」

 明が大声でいうので緒方さんが

「バカッ」

と言った。

 神崎さんは大口を開けて笑っている。

 

 前を走る恩田さんとカサドンも楽しそうにしているのがなんとなくわかる。

 

「やっぱ私達神奈川は、太平洋なんだよな」

 神崎さんが言う。

「そうそう、湘南は今頃、めちゃくちゃ混んでるだろうねぇ」

 緒方さんが相槌を打つ。

 

 しばらくしたら、ダッシュボードに置かれた神崎さんのスマホに着信があった。

「修二くん、出て」

 神崎さんがそう言うので、僕はかわりに電話に出た。カサドンだった。

「はい、唐沢です」

「あれ、これ聖女様のスマホですよね」

「うん、そうだよ」

「な、なるほど、あ、真美先輩、ガソリン入れたいそうです」

「了解」

 電話は切れた。ただ、なにが「なるほど」なのかは不明だ。

 神崎さんは、

「こっちもしとこう」

と言って、恩田さんに続いて車をガソリンスタンドに入れた。


 給油を待つ間、カサドンのスマホに僕たちの番号を登録した。

 カサドンが、

「聖女様に電話したら、唐沢先輩が出てびっくりしました。やっぱそうなんすね」

と言い、それに対して神崎さんが、

「なにがそうなんだか、詳しく聞こうか」

と言うと、カサドンは逃げていった。


 ドライブを続けると、左手に牧場が広がりだした。

「このへんが、静内なのかな」

僕が言うと神崎さんは、

「静内って」

と聞いてきた。

「競走馬の牧場とかが多いらしいよ」

 今度は緒方さんが、

「私、見てみたい。車停められないかな」

と言う。

 恩田さんの車に電話をかけて競走馬を見ることにする。

 

「私、競馬わかんないけど、この馬、美しいね」

そう言う神崎さんに緒方さんは、

「私聖女様が物理以外で『美しい』なんて言うの、初めて聞いた」

と言う。神崎さんは憤慨したらしく

「そんなことないでしょ。たとえば上高地とかで言ってると思う」

「いや言ってない」

「修二くんどうよ」

 急にこちらに弾が飛んできた。

 たまにはちょっといたずらしたくて

「うん、聞いてないかな」

と言ってみた。

 神崎さんは不満そうだが、膨らんだほっぺたもかわいい。

 

 再び襟裳岬に向かって進む。いい天気で眩しいくらいだ。

「修二くん、ダッシュボードにサングラス入ってるから出してくれない?」

「了解」

 ケースからサングラスを出して開き、神埼さんに渡す。

「これね、偏光グラスだから、見やすいんだよ」

 横目で見ると、ドヤ顔だ。かっこいいけど。

 

 襟裳岬の駐車場に着いた。

 神崎さんは陽光の眩しさを気にしたのか、ちょっとサングラスを外すかどうか迷ったようだ。結局サングラスを外してケースにしまった。

 かっこいい神崎さんもいいけれど、僕はやっぱり神崎さんの眼を見て話をしたい。そう考えていたら神崎さんの瞳を見つめていたらしい。神崎さんは、

「?」

という表情で僕の方を見た。

「いいとこだね」

と言ってごまかした。


 早朝の襟裳岬は、僕たち以外の客がいなかった。なんとなくみんなでぶらぶらと岬の先端に歩いていく。

 遠くの山や背の低い樹木は真夏だからか青々としている。しかし背の高い木はない。荒涼とした景色は、強風の日が多いからだろう。運良く今日は天気もいいし風もない。

 神崎さんは足早に突端にむかい、緒方さんがそれにつづく。後ろ姿だけで二人の長い友情がうかがわれる。神崎さんが隣に立つ緒方さんに言った。

「私、北海道来てよかった」

「うん、私もついてきてよかった」

「私、北海道の景色、空気、人、みんな好き。その中で物理をできる。今、最高」

「うん、私もサンプル作って、世界に勝負する。ここで」

 恩田さんも合流した。恩田さんは、

「まだ、冬を越してないよ。北海道の冬は厳しいよ」

と言った。神崎さんは返事する。

「うん、でもきっとだいじょうぶ」

「そうだね」


 僕たち男子三人はなんとなくその後ろ姿を見ていた。明はゴソゴソとデジカメを取り出し、アングルを変えて何枚か女子の後ろ姿を撮影している。盗撮じゃないか。僕は小声で明に注意する。

「おまえなにしてるんだ」

「親衛隊とファンクラブにのせないとな」

「そりゃそうだけど、スマホで良くないか」

「スマホだと音するだろう。デジカメなら無音だから」

 こいつは最初っから盗撮する気だったのだ。

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