第40話 ドライブ
その日の昼食後、ゼミ室で研究室のメンバーとコーヒーを飲んでいるとSNSで神崎さんから連絡があった。
「日曜日 襟裳岬行こう!」
集合時刻や同行するメンバーも書かれていた。女子は神崎さん、緒方さん、恩田さん、男子は僕に明に池田研の笠井くんだ。井の漢字の真ん中に点を打って、通称カサドンである。
もともとは根を詰めて試料を作成する緒方さんの慰労のために神崎さんがドライブに誘ったらしいのだが、その恩田さんが明や僕の同行を希望したらしい。ついでに恩田さんやカサドンも同行することになった。
日曜日の朝、明とともにまだ少し暗いコンビニの駐車場にたどり着くと、もう神崎さんの黄色い車は到着していた。車のトランクが開いていて、二人の人影が何やら動いている。近づくと予想通り神崎さんと緒方さんだった。
「おはよー、誘ってくれてありがとう」
僕は神崎さんと緒方さんに挨拶した。
「「おはよー」」
彼女たちは挨拶を返してくれるが、緒方さんの眼が半分閉じている。相当苦労して資料作りに取り組んでいるのではなかろうか。
そのうち軽自動車が駐車場に入ってきて、それは恩田さんとカサドンだった。恩田さんとカサドンはそのまま恩田さんの車で、神崎さんの車には助手席に僕、後席に明と緒方さんが座ることになった。恩田さんは後席で寝る気らしい。明が余計なことをしないかちょっと気になる。
出発してちょっとしたころ、まだ高速にも乗っていないのとき明が後席から報告してきた。
「のぞみん、寝ちゃった」
神崎さんは、
「みんなも眠いでしょ。遠慮せず寝ていいよ。景色良くなったら教えるから」
と言ってくれるが僕は、
「いやいや大丈夫だよ。運転させるだけさせて僕ら寝るなんて」
と言った。
ちょっとして明は、
「最近のぞみん、相当頑張っているみたいだよ」
と言う。神崎さんが「何で?」と聞くと、
「最近メール減った」
とのことだ。メールの内容は、何を食べたとかありふれた内容らしい。
明は緒方さんの気持ちがわかっているのだろうか。
「明、おまえ、大した内容じゃないって、重要なことなんじゃないか?」
と指摘すると、
「そうなの?」
などと呑気なことを言っている。
「あのなぁ、おまえちゃんとメール返してるんだろうな」
「ちゃんと返しているよ。俺のところに来る女性からのメールなんて、のぞみんをのぞけば母さんと聖母様くらいだからね」
明が緒方さんからのメールの重要性がわかっているなら、まあいい。
しかし神崎さんが口を挟んできた。
「明くん、今の話、最後誰からだって?」
「聖母様」
「も、もしかして、修二くんのところにも来る?」
「うん、もちろんだよ。今日の話もしてるよ」
「そうですか」
僕の方から神崎さんのお母さんにメールを送ることは少ないが、ときどきお母さんからメールが来る。必要に応じて神崎さんの様子も知らせている。僕としては神崎さんのお母さんは味方につけておきたい。だけどんメールのやりとりを神崎さんが知らないとは知らなかった。
高速に乗ってしばらくすると、
「修二くん、ガム食べたい」
とリクエストが来た。ガムを取り出して運転席を見ると、今日も神崎さんは口を開けて待っている。ガムを押し込むと、
「ありがと」
と言ってかみ始める。
「眠いなら無理しないでね」
と言うと、
「大丈夫。ガムさえあればだいじょうぶ」
と返事された。
ガムを噛みながら、神崎さんが話し始めた。
「真美ちゃんさ、車買ったんだね」
僕は返事する。
「そうらしいね、驚いた。軽自動車だけど、何か似合ってるね」」
「かわいいよね」
神崎さんも同意見らしい。余計なことしか言わない明は、
「そのかわいい真美ちゃんのとなりにムキムキマッチョのカサドンか」
などと抜かす。神崎さんは、
「カサドン、真美ちゃんのこと好きみたいだよ」
「やっぱりそうか。うまくいくといいね」
僕は本当にそう思う。
「うまくいっても、尻にひかれるか?」
「誰だ今言ったやつ、真美ちゃんにチクるぞ」
緒方さんが起きて言った。
直線的な高速道路は、運転者にとっても暇らしい。
「修二くん、ガム終わった」
神崎さんがそう言うのでガムの包み紙を広げて渡そうとすると、神崎さんはその紙に直接ガムを出した。僕は戸惑いながらもガムを包む。
しばらくするとまた、
「修二くん、ガム食べたい」
と言われた。またも口にガムを押し込む。
「高速降りていい? 海近い」
神崎さんは突然、そう聞いてきた。緒方さんは、
「いいけど、なんで」
と質問する。その返事は、
「多分高速、あんまり景色良くない。海遠い」
とのことだ。みんなで賛成し、高速を降りる。恩田さんの車もついてきた。
小休止するため、コンビニに車を止める。恩田さんは車から降りてきて、急に高速から降りた神埼さんに文句を言っていた。
「聖女様、スマホって知ってる?」
「ごめん、考えが回らなかった」
みんなに笑いがおきる。
恩田さんの不満はそれだけではなかった。
「カサドンひどいんだよ。高速乗ったらすぐ寝ちゃってさ、わたし寂しかった」
カサドンはひたすら謝っている。
いずれにせよ恩田さんもドライブを満喫しているらしい。
神崎さんは恩田さんを楽しませるためか、
「真美ちゃん、研究室の先輩たる私がカサドン締めとくから、ちょっとカサドン貸して」
と言って、カサドンを引っ張っていった。神崎さんは後輩のカサドンがかなりかわいいらしい。ちょっと妬ける。
その様子を見ながら緒方さんは僕に話しかけてきた。
「聖女様のガム、見たよ」
どこからか目覚めていたらしい。
「どう思う?」
と聞いてみると、緒方さんの答えはこうだった。
「あれは何も考えてないね。修二くんを信頼してるから、自然とあんな風になるんだと思うよ。わかってるでしょ、他の人じゃやんないよ」
緒方さんはちょっと間をおいて、
「しかしあれは、餌付けだね」
と言って笑った。
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