第34話 親衛隊とファンクラブ
雑誌会二日目午後の発表が終わり、神崎さんと分かれて居室に戻る。
僕はこの二日間でひとつ自信ができたことがある。
とても充実した二日間だったが、考えてみれば二日にわたってずっと神崎さんの隣に座っていた。神崎さんのとなりで舞い上がってしまい物理どころではなくなることなく、きちんと学問にも集中することができた。
もしいろんなことがうまく行って神崎さんと将来一緒に研究をするとしても、学問は学問で集中できる。それができなければ僕は神崎さんのとなりにいる資格はない。
そんな事を考えたり明日からの作業について考えたりしていたら、SNSで明から連絡があった。文面は短く「とにかくこい」だけだ。位置情報では大学の北の方らしい。まあとにかく行ってみる。
スマホの地図に導かれ現地に到着すると、イタリアンレストランである。客は大半が札幌国立大学の学生のようだ。店の中に明と神崎さん、緒方さんに恩田さんの姿も見える。
神崎さんの隣の席が開いていたので座り、
「神崎さん、なににした?」
と聞いてみたら、
「カルボナーラとグラスワイン」
とのことなので、同じものを注文する。
乾杯すると神崎さんはワインに満足のようだ。
「おいしい、このワイン。真美ちゃんお店教えてくれてありがとう」
恩田さんが答える。
「いいでしょー。三年まではよく来ていたんだけど、研究室入ってからは忙しくてね。私も久しぶり」
緒方さんは、
「扶桑でもそうだったね。三年までと四年からは同じ大学生と思えないレベルだよね、ね、聖女様?」
と言う。神崎さんの答えは、
「そう?」
だった。
「ごめん、あんたはそういう人間だった」
恩田さんが質問する。
「そうなの~?」
「聖女様はさ、履修制限を超えて授業でちゃうんだよ。単位なんかあまってた」
「別にいいじゃん」
「バイトもあんましないし、下手すりゃ遊びに行くの断って勉強してたからね」
「すごいね」
「そうなんだよ。高校まではそうでもなかったんだけど、大学からはもうね」
「だって、好きな物理が勉強し放題だよ。図書室とか、宝の山だよ」
「とにかくさ、聖女様はそういう人なんだよ、わかった修二くん」
「なるほど」
僕が返事する前になぜか明が返事した。
「コラッ!」
明の向かいの席の緒方さんがテーブルの下で明を蹴っ飛ばした。
その緒方さんが、今夜は飲むピッチが以上に速い。神崎さんが心配する。
「ちょっと~、飲みすぎじゃな~い?」
恩田さんは、、
「まあ、いいじゃん。今日くらい飲ませてあげよう」
などと言う。
「お店もさ、騒いでも大丈夫なんだよ、ここはさ」
「ちょっとトイレー」
緒方さんがまたトイレに立った。神崎さんが恩田さんに質問する。
「真美ちゃん、のぞみだいじょうぶかな。なにかあった?」
「うーん、あったというか、なかったというか」
どうも要領を得ない。
「明くん、なにか知ってる?」
「知らなーい」
明は呑気に答えている。その呑気さに僕は腹が立ってきた。
「そもそも、なんでお前、女子に捕まってるんだ? なにやったんだ?」
恩田さんが神崎さんに聞いた。
「教えてちゃってもいいかな?」
「うん、いいや」
恩田さんが「これ見てよ」とスマホを見せてくれた。SNSでグループ名が「SKD聖女様親衛隊」だった。
「これね、明くんが中心になって勝手にやってんのよ」
なるほどこれは神崎さんは不快だろう。そのほか緒方さんとか恩田さんの悪口みたいのも散見される。不愉快になり、眼をつぶって腕を組んでしまう。
明が神崎さんを「応援する」のはまあわかる。それでも明は調子に乗りすぎだ。
どうしてくれよう。
しばらくして、緒方さんがもどってきた。
「あれー、修二くん、寝ちゃった?」
「いや、寝てない。それより今回は、明が申し訳ない」
「修二くんは謝る必要ないよ~ エヘヘヘヘ」
さらに飲み物を頼もうとするので、神崎さんたちは必死に止めている。
「ええ~、もうダメェ~?」
「「ダメ」」
「そっかー」
緒方さんはそう言いながら、テーブルに突っ伏してしまった。
女子が心配そうに、緒方さんを介抱している。
しばらくして神崎さんが言った。
「明くん、修二くん、悪いんだけどちょっとだけ席外してくれないかな?」
明が、
「ヤダー」
などと抗ったが恩田さんが、
「ちょっとトイレ行って来い」
と言う。恩田さんの剣幕は、なにか明がやらかしたらしいと考え、明を無理やりトイレに連れて行く。
明はぶつくさ言っていたが、僕は女子を敵にまわすわけにはいかない。そもそも今回は明が完全に悪い。トイレから出ると神崎さんがうんと頷いて、席に戻る許可が出た。
神崎さんが明に話しかける。
「明くん、親衛隊のことは許してあげる」
「え、いいの?」
「アカウントも続けてもいい」
「うぉー、やったー、公認だ!」
「ただし、条件がある」
「はいはい」
「のぞみんファンクラブもやんなさい」
「はい~?」
「やるの。明くん会長ね」
「ええ~、隊長に会長~?」
ここで恩田さんがぶち切れた。
「本気で怒るよ」
「サーセン」
「明くん、終身会長ね」
結局緒方さんは潰れてしまった。タクシーを呼ぶ。
タクシーの後席に緒方さんを挟んで神崎さんと恩田さんが乗り込む。
僕はタクシーの前席のドアを開け、明を座らせた。
「タクシー代、お前が払えよ」
強めに言って、ドアを閉めた。
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