第30話 打ち合わせ
週明け、神崎さんから夕食を一緒にとりたいとSNSで連絡が来た。心が踊るがいつもの学食であることが気になった。これは僕の期待する夕食ではなく、なにかの打ち合わせなのではないかと思われる。SNSでつづけて輪講をやりたいとの連絡があった。まあそんなもんだろうと妙に納得してしまう。
それでもその日の作業はなんだかそわそわしてしまって集中力を欠いてしまった。
夕食の中央食堂に向かうと、神崎さんはもう居た。他にも見知ったメンバーがいろいろいる。神崎さんはなんだかツヤツヤしていて緒方さんたちと楽しそうに話していたが、僕に気づくと手を振ってくれた。僕ら榊原研が最後だったらしく、みんな立って注文の列に並んだ。鯖煮を中心にいくつか料理をとった。
テーブルに戻ると、神崎さんと緒方さんが会話している。
「聖女様、なんか文句ある?」
「いや、ごめん、やっぱり実験の人は食べるな、と」
「そうなんだよ、肉体労働なんだよ。それにしても少なくない?」
確かに神崎さんの食事は少なめだ。
「実は週末、家で論文読みながら、ずっと食べてたみたいで体重増えた」
これは聞いてはいけないことを聞いてしまった。僕は神崎さんの方を見ないようにしていた。
しばらく無言の時間が過ぎ、神崎さんが論文のコピーをいくつか取り出し、みんなに回した。
「食べながら聞いてよ。私、最初この論文を雑誌会でやろうとおもったんだけど、池田先生に反対されたんだ。分量が多いって」
確かに多い。
「それでね、超伝導を扱っているM1みんなで読んだらいんじゃないかって、先生に言われた」
網浜研の佐藤真一が聞いたので、神崎さんが答える。
「スタートは、雑誌会が終わってからがいいと思う。あとは曜日と時間だけど、私達理論は授業とゼミにさえあたっていなければどうにでもなる。実験の人のほうが忙しいと思うので、実験の人の都合を優先したほうがいいと思うんだけど」
「そうだね、俺たちけっこう実験あるからなあ。比熱の実験なんかだと二晩かかったりするし」
それから僕たち実験系のメンバーで、それぞれ何曜日の何時頃なら手が空くか話し合った。実のところアルバイトでもしていない限り、手が空くのは大体決まってしまう。うちの研究室の木村くんが代表して神崎さんに伝える。
「結局、みんながほぼ手が空くといったら金曜の夜か土曜日くらいしかないよ。僕としては金曜の夜かな」
すると神崎さんと同じ池田研の田村くんが言う。
「それだとさ、平日の疲れがたまりにたまったあとに、エンドレスでやりそうじゃないか? みんなさ、消極的と思われたくなくて、無理してない? 実験のかたがついていたら、金曜の夜くらい、のんびりしたいだろう? オーバーワークは避けるべきだよ」
神崎さんは、
「田村くんは、やらないほうがいいと考えてる?」
と聞いた。
「いや、絶対にやったほうがいい。だけど、無理はいけないと思う」
「そうだね」
みんなもともとそれなりに忙しい。しかし学問を志す身として、消極的なことはいいたくない。みんなしばらく下を向いてシュンとしてしまった。
緒方さんが言い出した。
「だったらさ、金曜の午後五時はどう? 実験が終わらなかったら、その人は自由参加ということで」
神崎さんは問いただす。。
「五時って、なんで」
「夕食は大体六時じゃん。おそくなると食堂がしまっちゃうから、みんな六時を目標に作業してる。金曜だけそれを一時間前倒しにするのは無理じゃないと思う」
「なるほど」
「だけど本当のポイントはさ、聖女様、あんたなんだよ」
「なにそれ」
「一番エンドレスになりそうなのは、聖女様でしょ。だけど夕食には勝てない」
「ま、まあ」
「そのあと夕食とりながら、議論ってのも楽しいと思うよ」
そんなやりとりで、みんななんとなく緊張感が無くなった。僕もやれやれと思っていたら、緒方さんが僕に話を振ってきた。
「修二くん、それでいいよね?」
「なんで僕に聞くの?」
「いやさ、修二くんの言う事なら聖女様も聞くと思って」
みんな「おお~」という声を上げていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます