第23話 駅弁と蒸気
「あーお腹減ってきた、そろそろお昼だね。私海鮮を食べたい」
緒方さんの提案に神崎さんは即答した。
「うん、行こう」
しかし僕たちは、去年の夏小樽で海鮮を食べられなかったことをちゃんと覚えていた。
神崎さんは生の魚介は苦手なはずだ。
「神崎さん大丈夫?」
「聖女様にがてなんだよね」
緒方さんが驚いた。
「そうだったんだ、付き合い長くても知らなかった。ごめん」
緒方さんが気落ちしているのは、海鮮が食べられないからだけではないだろう。
神崎さんは、
「だいじょうぶ、いざとなったら飲む」
などと言っている。
「ありがとう、でもね」
緒方さんはまだ遠慮している。
こんなとき、意外な力を発揮するのは明だ。
「夏行った店は、焼き魚ならあったぞ」
僕は明がなにが言いたいのかすぐわかった。
「そういえば神崎さん、岩魚を焼いたのは食べていたよね」
上高地でのことである。
「焼き魚食べたい、焼き魚食べたい」
神崎さんが全力でそう言うので、緒方さんはやっと笑ってくれた。
店では予定通り、神崎さんは焼き魚定食、緒方さんがウニ丼、明と僕はイクラ丼にした。
神崎さんは並んだ丼ものを見て、
「あのね、ご飯が見えたら観光客向けのボッタクリ、ここみたいにご飯が見えないくらいおかずがのってるのが本来のすがたなんだって」
とちょっとだけ北海道の先輩面をしている。そんなふうに緒方さんだけでなく、僕たちにも心をひらいてくれているようだ。
午後もあたりをぶらついたり、ガラスのお店をのぞいたりして過ごす。街は寒いが雪化粧をした古い建物が存在を主張している。お店の中ではしっかりと暖房が効いていて、ゆっくりとした時間を過ごせる。
建物の外は眩しいほどに白い。逆に建物の中はうす暗い空間にガラスの工芸品が輝く。この光と影が冬の小樽の魅力なのかもしれない。
暗くなってきたので札幌へ帰る。電車の中で、神崎さんは雪をかたどったガラスのペンダントを出して見ている。よっぽど気に入ったのだろう、車内の照明にかざしたりしている。
「聖女様さ、昔からそうだよね」
「なにが」
「買い物行くじゃん、帰りの電車とかで買ったもの出して見てるよね」
「男子の前で言うこと無いじゃん」
「ははは」
女子の会話に僕たちは口をはさめず、僕も明も笑うしか無い。
緒方さんが僕の眼をまっすぐに見て言った。
「聖女様って、こんなやつだよ、修二くん」
答えようがないことを言う人だ。
「かわいいでしょ」
神崎さんは横を向いてしまった。
真っ暗になった頃、札幌についた。
「そうだ、夕食駅弁にしよ」
そう言って神崎さんが売店に向かった。僕たちもついていく。
札幌駅でも海鮮関係が多く、生魚の苦手な神崎さんは、
「肉、肉、肉……」
とつぶやきながら探している。僕はうまいことジンギスカン弁当なるものを見つけることが出来た。
「神崎さん、これどう?」
紐を引っ張ると温まるやつだ。
「僕は温かいのが食べたいから、これにするけど」
「あ、私もそうしよ」
神崎さんの役に立てて良かった。
結局みんな同じのになった。僕もそうだが今夜の一人寝がみんな不安なのかもしれない。そんなときはやっぱりあたたかいものがいい。
「あー私疲れた。ちょっとだけど地下鉄で帰る」
緒方さんが言い出した。地下鉄でないと無理な明はともかく、僕もそうすることにした。緒方さんに僕と明は南北線だ。神崎さんだけ東豊線らしい。
「みんないっしょでいいな」
と言ってすねている。緒方さんが
「すぐ大学でいっしょでしょ。SNSも送るよ」
と慰めた。
神崎さんと別れ、地下鉄南北線で北へ向かう。僕と緒方さんは一駅で降りる。
「じゃあな」
明に声をかける。
「緒方さんをちゃんと送ってけよ」
「ああ、安心しろ」
緒方さんは明に手を振った。
雪こそ降ってなかったが寒空の下、緒方さんと歩く。
「今日は楽しかったね」
そう話しかけると、
「うん、楽しかった」
と答えてくれた。
「でも、聖女様じゃなくてごめんね」
僕の気持ちはバレてるらしい。
家について暖房を入れ、着替えたところで神崎さんにSNSを送る。
「もう家ついた?」
すぐに返答がある。
「ついた」
一呼吸おいて、
「今日はありがとう」
と送られてきた。
「こちらこそ、ありがとう」
すぐに返す。
これだけのやり取りでは彼女の表情はわからない。通話をしたくなってくるが迷っていたら、
「また大学でね、お休み」
と送られてきた。
「おやすみなさい」
と送る。
せまいはずの僕の部屋が広く感じる。
僕はこれからこの広さに慣れていかなければならないのだろうか。
弁当の加熱用のひもを引っ張る。プシューと音がして蒸気が発生してくる。
その蒸気も僕の寂しさを消してはくれない。
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