第20話 札幌入り

 卒業式が近づいてきた。明によると神崎さんは川崎で自動車を購入したのでフェリーで行くらしい。緒方さんは飛行機なので、なんと明は同じ飛行機に僕も含めて予約していた。

 

 卒業式後の飲み会は、しんみりしたものになった。物理のみんなで飲んだ。多くは柏に行くが僕や明のように他大学へ行くのもいるにはいる。みんな過ぎ去った四年間を振り返っているのか、口数は少なかった。

 

 札幌への出発の前日、僕は両親に神崎さんのお見合い写真を渡した。

「父さん、母さん、いままでお世話になりました。札幌で学問と神崎さんと両方追いかけます。二兎を追うものは、という言葉はあるけど、どちらも半端なことはしないから」

 母は僕を心配した。

「修二、あんたは不器用だからたいへんだと思うけど、無理はしないでね」

「うん」

 父さんは僕を励ましてくれた。

「神崎さんは学問も優秀なんだろう。その彼女を追いかけるんだから、修二の学問も大丈夫だよ」

「うん」


 両親の空港での見送りは断った。断ったが、駅へ向かう道で振り返ると、両親はいつまでも玄関前に立っていた。

 

 羽田で明と緒方さんと合流する予定だ。僕が着くと緒方さんはもう着いていた。ご両親もいらしている。

「はじめまして、唐沢修二です。のぞみさんにはお世話になっています」

 とりあえず挨拶すると、お母様から挨拶を返される。

「こちらこそのぞみがお世話になってます。札幌でもよろしくおねがいします」

 緒方さんが割り込んだ。

「ママ、修二くんは聖女様担当だから」

「そうなの?」

 僕はどう対応すればいいのかわからない。

 

 やがて健太と木下さんが見送りに来てくれた。

「のぞみ、聖女様のこと、たのんだわよ」

「うん、わかってる。優花もがんばってね」

「ありがと」

 そう言って二人は長いことハグしていた。聞くところによると中学校からの長い付き合いだから、言葉にできない思いもあるのだろう。彼女たちの強いつながりは羨ましい。

「俺たちあんま邪魔しちゃ悪いよな」

 やっと到着した明の提案で僕たち二人は先に搭乗ゲートに向かおうかとしたら、

「ちょっと、置いてかないでよ」

と怒られてしまった。


 飛行機での座席は緒方さんを窓側にした。なんとなく明がその隣に座る。滑走路を飛行機が走り出したとき、緒方さんは窓の外を見たまま肘掛けに置かれた明の手を握った。

 飛行機が空に浮かんでちょっとしたとき、緒方さんは「あ」と言って手を離した。

「ごめん、ちょっと気持ちが高まっちゃって」

と言う緒方さんの目はちょっと赤かった。


 飛行機が巡航を始めた頃、明が緒方さんに話しかけた。

「緒方さん、札幌までどう行くの?」

「うん、聖女様に車で迎えに来てもらうことになってるよ。あんたたちも一緒に行けるよ」

「ラッキー!」

 明は気楽に喜んでいる。

 

 空港に降り立ち到着ロビーに出ると、北海道で一番合いたかった人の顔が見えた。手を降っているのでこちらも手を振り返す。

 緒方さんは神崎さんに歩み寄ってハイタッチする。

「修二くんと明くんも一緒だったの? 聞いてない」

 神崎さんはちょっと不満そうだ。

「言ってない」

 緒方さんはいたずらっぽく笑う。神崎さんは僕たちの方を見てくるので僕は、

「言ってなかったのー?」

と緒方さんに聞いたが、無言でニヤッとされた。

「しょうがないなー。荷物のるかな?」

と言いながらも、神崎さんは駐車場へと僕らを導いてくれた。


 駐車場の神崎さんの黄色い車は、ドアを開けると中にロールケージが組まれていた。

「これ、競技車両だよ」

そう言うと、神崎さんは競技車両というのを知らないらしい。

「ラリーとかじゃないかな」

 そう教えても、なんだかピンときていないようだった。

 

 神崎さんの運転で札幌へ向かう。

 

「明日は買い出し付き合うわよ」

 神崎さんが運転しながら言う。

「私なんて最初、ストーブもなくて大変だったのよ」

 驚いた。僕のところはエアコンがついているはずだから大丈夫だろう。

 

 しばらく買い物の話をしていたら、札幌に近づいてきた。

「みんな家、どこなの?」

 神崎さんが聞くので順番に答える。

「私、北18条駅近く」

 緒方さんが言う。僕の家はそれに近い。

「僕も、北18条です」

「ふーん」

「俺は北24条駅だよ」

 

 僕と緒方さんの家がわりと近く、明だけちょと離れている。

「神崎さんはどちらですか?」

 聞いてみると、

「北17条なんだけど、東区役所ちかくなんだよね。研究室から歩いて十五分くらいかな」

 神崎さんの通学が心配になる。

「ちょっと遠いですね。冬場とか大丈夫ですか?」

と聞いてみたら、

「よくわかんないけど、大丈夫じゃない? 吹雪のときは修二くんおくってよ」

と言うので、

「わかりました」

と答えたら、その後神崎さんは黙ってしまった。


 神崎さんは明、僕と順に不動産屋と部屋に送ってくれた。明日も買い物に付き合ってくれると言う。

 

 まだ何も無い部屋で、僕は呆然としていた。カーテンすら無い。窓の外は普通に建物が並んでいるだけだ。北海道らしさもない。寝具は飛行機で持ってきたコンパクトな寝袋だけだ。どうしたものかと途方に暮れていたら、スマホに着信があった。


「修二、そろそろ家に着いたか?」

 明だった。

「うん、着いた。何にもない、こまった」

「本格的な買い出しは明日聖女様とじゃん、だからさ、今夜は最低限のものをコンビニで買ってくるしか無いよな」

「そうだな」

「俺さ、さみしいからさ、今からそっち行くわ」

「お、おう」


 あの明から寂しいなどという言葉は初めて聞いた。よっぽどこたえているのだろう。

 地下鉄駅で合流し、コンビニで弁当、酒、つまみなどを大量に買い込み、その夜は二人で宴会した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る