第19話 部屋探し
正月が過ぎるとまたも実験漬けの日々が戻ってきた。僕の卒論テーマは、鉄系超伝導体の比熱を系統的に調べることだったから、とにかく実験の回数が多い。あまり新しい超電導体だとは言えないが、試料の出来具合が安定してきたので系統的に調べることになっていたのだ。かなりがんばって、週に三回の実験ができるかどうかだったのだ。
そんなわけで卒論もギリギリになった。当然家は寝るところでしかなく、休日はゴロゴロしているだけだった。そろそろ札幌での生活基盤を築かなければならない。だから三月はじめの土日、明と二人で北海道へ行くことにしていた。その日までは昼に学食で明と会って、スマホで物件を探すことを繰り返していた。
「おい修二、これなんかどうだ?」
見ると部屋が八畳間に六畳間、物置も駐車場もある。それで四万円台。たしかに安い。
「安いけど、これ大学から近いのか?」
「徒歩一五分くらい?」
うーむ。
「こんなに広い必要あるか?」
「修二と二人で住むならこれくらいの広さ必要だろう」
「なんでお前と同居することになってんだ?」
大学の近くで探すと、築が古くても構わなければ三万円くらいでもあることにはある。
「明、贅沢言わなければどうにでもなるな」
「そうだな、俺たち別におしゃれな部屋である必要ないしな。いや、だめか」
「なんでだ?」
「だってさ、女の子家にあげらんなくなるじゃん」
「それより前に部屋片付けろよ」
「それな」
結局北海道へ行くまでに絞り込めず、とにかく現地で探し回ることになってしまった。土曜日朝早い便で千歳に着く。そこまでは天気が悪くなかったのだが、鉄道で札幌に近づくと雪が降ってきた。
「おー修二、雪だ、すげー」
「あのなぁ、俺たち観光に来てんじゃないんだぞ」
「わかってるって。雪降ってる方が冬場の暮らしがわかって、かえっていいんじゃないか?」
明は馬鹿なことばかり言っているようだが、ときどき核心をつくようなことを言うので油断がならない。
僕はといえば、良く言えば真面目、悪く言えば愚直なタイプだから明の性格は正直うらやましい。
さらに明は本当の心の奥底にあることは簡単には言わないので、もしかしたら神崎さんを狙っているかもしれない。神崎さんも明相手には口が軽い気がする。
窓の外をほとんど水平に落ちる雪をみながら、僕はそんな事を考えていた。
今回の北海道行きで、初日土曜日は土地勘をつかむことも含めて、東京からネットで目星をつけていた物件まで歩いていくことにしていた。その中でいいものを日曜日に不動産屋で相談することにしていた。
札幌駅から大学へ行って、そこから徒歩で明のみつけた徒歩一五分の物件まで行ってみる。札幌の街の住所は信号機に北○条西○丁目みたいにxy座標で示されているからわかりやすいはずだった。しかし今日みたいに吹雪いてくると、それが見えなくなってくる。
「修二、俺はこれだめだ。やっぱり俺は都会っ子だったよ」
明が音を上げた。
引き返して大学近くのマンションを見る。大学近くは積もっている雪自体も少ない。札幌市を南北に貫く創成川の東と西で気候が違う。
「僕も実験が遅くなることを考えると、大学の近くがいいな」
もう昼になってしまった。
「修二、寒い、ラーメン、ラーメン」
僕もそれには賛成だ。
「ラーメン横丁は遠いぞ」
「うん、駅でいいや」
札幌駅の地下街を目指す。
やっとの思いで地下街へたどり着いた。入り口で体についた雪をはらう。
「明、やっぱ札幌の雪は簡単に落ちるな」
「そうだな、意外と濡れないな」
道民でないこと丸出しの会話をしながら階段を降りる。地下街は暖かく、こわばった筋肉が緩んでいくのがわかる。
ちょっと並んで食べた味噌ラーメンは、胃の中から体を温めてくれた。
ラーメンを食べながら明が言う。
「俺、地下鉄通学してみたいなぁ」
「そうなの、なんでだ?」
「なんか歩きだけだと通学の緊張感が無い気がして」
「わからん」
「電車の時間とか無いとさ、だんだん家出るの遅くなりそうなんだよ」
「いよいよわからん」
「大学近くは見たからさ、午後地下鉄でちょっと行ってみようよ」
「まあいいけど」
そういうわけで午後は地下鉄にちょっと乗って物件を見に行く。僕は全くチェックしていなかったから、明に連れ回される形になった。
「修二、こことかどうよ。家賃も安いし、部屋は二つもあるぞ。駅から近いから寒くない」
「だから部屋二ついるか?」
「二人暮しとか?」
「僕は大学近くがいいぞ」
「別に修二と二人とは言ってないぞ」
「じゃ、誰とだよ」
「緒方さんとか?」
翌日曜日、朝から不動産屋をまわって契約していく。ぼくは大学近くのマンション、ワンルームである。コンパクトなワンルームだから安いし、自室の玄関は屋内なので雪でも楽そうだ。
明は昨日見た地下鉄でちょっと行ったところを契約した。
帰りの飛行機で、僕は明に話しかけた。
「二人暮し目指すのはいいけどさ、部屋散らかすんじゃないぞ」
「自信ない」
「緒方さん呼ぶんだろ」
「片付けてくれないかな」
「捨てられるんじゃない?」
「それって物? それとも俺?」
「両方」
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