第18話 年末年始

 世間もあっという間に過ぎる年末、もちろん卒論を控える僕たちも日々は飛ぶように過ぎた。ある日実験機材に液体ヘリウムを入れているとき、「そういえば今日はクリスマスイブだな」と思った程度だ。こないだの合コン男子メンバーでは、健一と悠人は国立女子大の二人と約束してあるとの話だった。実際にどうなったかは知らない。健太は万難を排して木下さんとデートに行っているはずだ。

 

 家に帰ると母に詰問された。

「修二、神崎さんどうなってるの?」

「うん、情報によると物理三昧で全く余裕がないらしい」

「そうなの?」

「うん」

 証拠も見せておくべきかと、スマホのSNSを見せる。神崎さんのお母様が遊びもせず勉強ばかりしている娘を嘆いている。

 母は、

「あんたが誘わないからいけないんじゃないの?」

と言うので、

「いや、誘いはしたんだよ。でも結局、僕の実験のスケジュールと向こうのスケジュールが合わなくて」

「しかたないわね、あんたたちは」

と呆れられてしまった。


 本当のところは直接神崎さんを誘う勇気が無く、間に健太、木下さんを挟んでしまうと無駄に時間が過ぎてしまってチャンスを逃してしまっていた。

 

 年が明けた。実のところ大晦日まで実験していたから、元旦は単なる休日、二日も駅伝を見ているうちに半日が過ぎてしまった。

 スマホが鳴ってSNSを見ると神崎さんのお母様からだ。着物を着て初詣をする神崎さんの写真だ。何枚も来る。両親の前ではあるが、じっと見入ってしまった。

 

 盛大なため息が聞こえた。顔をあげると両親が呆れ返ったように僕を見ている。

「修二、おまえ、しっかりしないと、逃げられちゃうぞ」

 父に叱られた。そのとおりだと思う。

 

 幸い、夜に健太から電話が来た。明日の三日の昼過ぎに集合だそうだ。扶桑女子大の三人もくると言う。もちろん参加を即断した。

 

 三日の昼前、健太の家の近くの駅に集まった。健太の家の車で多摩川近くのシアトル系カフェへ向かう。正月の都内は車が少なく、スイスイと進む。ラジオでは二日目の駅伝が中継されているが、あまり頭に内容が入ってこない。明がいろいろ言ってくるが、適当に返事してしまう。

「明、修二はもう聖女様のことで頭がいっぱいなんだよ」

「そうか」


 なんか悪口言われているような気がする。

 

 カフェの駐車場に車が入ると、テラス席に神崎さんを見つけた。着物姿の写真を昨晩見ていたからその印象が強かったのだが、ふつうにダウンを着ていた。ベージュ色の服の上に流れる黒髪が美しい。風に乱される髪を手で押さえたりしている。

 健太が窓を開けて声をかけると神崎さんは手を上げて答えてくれた。他の女子はまだ到着していないようだ。

 

 車を降りて挨拶する。

「神崎さん、あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとうございます」

 神崎さんはわざわざ立って挨拶してくれた。健太と明の笑い声が聞こえる。

「あんたたち、飲み物買ってきたら」

と神崎さんが言うので、店内に入って注文しに行く。


 飲み物はコーヒーとかラテとか好みのものを頼んだが、健太はさらにケーキとか食べ物をいくつか注文する。結構な量だ。健太は、

「これが女子と上手にやる秘訣だ」

と偉そうに言う。


 席に戻ると神崎さんが言う。

「男子は食べるねぇ、お昼まだだった?」

「いや、食べた。これは女子対策」

 明が言う。健太の知恵ではないのか?、

 僕は一応、

「神崎さん、食べる?」

とすすめてくれたが、健太が待ったをかけた。

「聖女様、申し訳ないけど、優花が来るまで待ってもらえる? 先に食べるとあとが怖い」

 神崎さんは、笑って言う。

「経験者は語るっていうこと?」

「聞かないで」


 しばらくして、木下さんと緒方さんが到着した。緒方さんが道を間違えたらしい。神崎さんも一杯めが飲み終わったので、女子三人で飲み物を買いに行った。

 

 女子がいなくなったところで明が言い出した。

「緒方さんが方向音痴って意外だな」

「そうだな、あの中じゃ一番しっかりしてそうだもんな」

 僕は思った通りのことを言った。

「しっかりした人ほど、欠点がかわいいんじゃない?」

 明の意見ももっともだ。

 しかし健太が余計なことに気づいてしまった。

「おい明、緒方さん、四月から札幌で一人暮らしだろう、大丈夫かな」

「うむ、俺がしっかりしていれば大丈夫だ」

「何いってんだ、意味不明だ」

 三人で大笑いしてしまった。

 

 女子三名が戻ってきた。先程健太が買ったケーキ類を、木下さんが手際よくみんなに分ける。小さく分けて全員がいろんな味を楽しめるようにだ。健太はいい人を見つけたと思う。もちろん神崎さんも緒方さんも手伝っている。

 

 飲食しながらお互いの現状を話し合う。理論だろうが実験だろうが忙しい。締切が迫っているからだ。緒方さんが冗談で、

「デートできないね!」

と言ったところ、木下さんは本気で落ち込んでしまった。

「ご、ごめん」

と緒方さんが謝り、健太がなんとかなだめていた。


 みんなの雰囲気が悪くなったのを気にしたのか、神崎さんが、

「男子はさ、女子の振り袖とか見たかったんじゃない?」

と言った。

 僕は気づいた。神崎さんのお母様は本人に無断で昨日の初詣写真を送っていたのだ。その辺の事情をどう言うか困っていたら明が、

「修二、聖女様の振り袖は見たよな」

と言ってしまった。もちろん神崎さんは驚く。

「ど、どういうこと? 昨日あってないよね? ストーカー?」

 明が答える。

「公式情報だよ。聖母様から、ほら」

と、スマホを見せた。


 緒方さんが説明する。

「聖女様、あんた十一月の合コンで潰れたでしょ。あんときね、修二くんが『親御さんに謝る』ってきかなくて、結局タクシー二台であんたんちへ行ったんだよ。この六人でね。男子だけで送らせるわけにもいかないしさ」

「大変申し訳ございません」


 明が言う。

「修二がさ、きちんと謝るって言うから、全員タクシー降りちゃったんだよ。そしたら家に上がらされた」

 続けて緒方さんが言う。

「まったく怒られなくて、むしろご両親から謝られちゃってさ、タクシー呼び直して、その間お茶をいただいてたの。そのときにね、聖母様男子とSNS交換して、ついでに写真配ってた」

 神崎さんはなんのことかわからないのだろう、聞いてきた。

「写真って何?」

「なんか、でっかいやつ。台紙にはさまっててさ、お見合い写真てやつ?」

「返してよ」

 明は、

「やだね、家宝だよ、なあ修二」

 返すわけにはいかないが、なんと言えばいいかわからない。

 

「あんたたちさ、うちの母と、どんくらいSNSしてるの?」

 明が答えた。

「週二くらい?」

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