第17話 写真

 神崎さんは三人の一番うしろから入ってきた。手を振っている。目が合った。合ったと思う。

 

 席順を国立女子大の二人を真ん中にするため、座り直した。女性陣は奥から、神崎さん、緒方さん、佐倉さん、伊藤さん、木下さん。男子は奥から僕、明、健一、悠人、健太である。すでに少し飲んでいたが、改めて乾杯した。

「うーん、計算しまくったあとにこの苦味は効くわ」

 神崎さんの感想である。そのあと、

「佐倉さーん、ヒガシさーん、久しぶりでーす」

と早くもごきげんになっている。ヒガシさんとは伊東さんの漢字から来ているあだ名だが、神崎さんはこの人たちに会うのを相当楽しみにしていたらしい。そうであるならば、僕も国立女子大の二人から研究の話を引き出したほうがいいだろう。

「あの、お二人はガラスの研究をなさっているんですよね」

「はい、よく覚えてますね。そうなんです……」

 ヒガシさんが説明を始めた。上高地で少し聞いただけの話だからなかなか面白い。ヒガシさん佐倉さんの話に聞き入っていると、強い視線を感じる。

 首を巡らせると神崎さんに睨まれている。顔は真っ赤である。隣に座る緒方さんが神崎さんのグラスを押さえている。すでに飲みすぎているらしい。

 明が発言した。

「聖女様も、ガラスには興味あるんだよね。どんなところが面白いの?」

 どうやら僕を助けようとしてくれているらしい。

「そうね、ガラスになることが相転移だとすると、なんの対称性が破れてるのかとか、オーダーパラメータが何かとか、不勉強なだけなんだけど、よくわからなくて」

 佐倉さんが説明する。

「うん、対称性の破れは、レプリカ対称性と言って……」

 明の機転により、これで神崎さんの機嫌はなおった。

 

 結局その夜は神崎さんを中心に物理の話ばっかりになり、健一と悠人は圧倒されていた。最後には神崎さんはカバンから今読んでいるという論文を取り出し、僕に実験上のことを細かく質問してきた。分かる範囲で必死に答えた。

 

 そして神崎さんは酔い潰れてしまった。

 二次会でではない。飲み始めた英国風パブでである。明が調子に乗って論文を枕に寝込む神崎さんの写真を撮った。

「おい、明、やめろよ」

と僕は注意したのだが、緒方さんは、

「明くん、それ面白い。メールしてよ」

と言った。

 

 緒方さんは、

「あーあ聖女様、はしゃぎ過ぎだよ。男子のみんな、ごめんね~」

といって、神崎さんに肩を貸している。木下さんも、

「健太ごめん、また今度ね」

と言いながら、神崎さんの荷物を持った。


「緒方さん、木下さん、僕の責任ですから、タクシーで神崎さん送ります。こんな場合ですから、神崎さんのご住所、教えてもらってもいいですか?」

「え~、修二くん悪くないよ。聖女様、自爆」

 木下さんが答える。緒方さんも、

「そうそう、想定内よ、こんなこと」

と言う。思わず、

「え、神崎さん、飲むといつもこんな感じなんですか?」

「いや、潰れるのを見たのは二回め」

「それってもしかして」

「そう、一回目は前回の合コン」


 これはいけない。

 

「あの、やっぱり僕が送ります。きちんとご両親のところまで送り届けないと」


 男子は僕だけが行けばいいと思うのだが、なぜだか健太も明もいくと言う。健太は木下さんと一緒にいたいのだと思うが、明はただの野次馬な気がする。とにかくタクシー二台に分乗して、神崎家に向かった。

 

 国立女子大の二人は、帝大男子残りの二名と二次会に行くと言っていた。

 

 タクシーで神崎家に着く前に緒方さんが電話で連絡していたから、酔い潰れた神崎さんを届けてもご両親は驚きはしなかった。僕はなんとか誤りたくて、

「あの、僕、唐沢修二と言います。お嬢さんをこんなにしてしまって申し訳ありません」

と頭を下げたのだが、お母様は、

「ああ、あなたが修二さんね、せっかくだからちょっと上がって行ってよ」

とおっしゃる。固辞しようとするのだがお父様まで出てきて全員家に上がらされた。タクシーには帰ってもらう。


 木下さんと緒方さんの二人がかりで神崎さんを部屋まで連れて行く。僕ら男子三人はリビングに通された。お母様はお茶を淹れてくれた。お父様は「お酒のほうがいいかな」と仰っていたが、これだけはなんとか断った。

「君が唐沢くんということは、あなたが岩田明くんかな? 杏からよく話は聞いているよ」

 お父様の口ぶりからすると、健太はすでにご存知のようだ。

「まぁあんなやつだけどな、よろしく頼むよ」

 神崎さんが僕たちについてどんな話をしているのか気になるが、聞くに聞けない。お母様はお母様で、

「そうだ、この機会にSNS交換しましょうよ」

とおっしゃる。明はいそいそとスマホを取り出している。僕も流れで交換した。そんなことをしていると、

「そうだあなた、あれ、お渡ししたほうがいいんじゃない」

とお母様がおっしゃる。

「そうだな、今がチャンスだな。ちょっと待っていてください」

とお父様が立ち上がり、部屋を出ていった。

 お母様は猛烈にうれしそうにニコニコしている。不気味な程である。

 

 ちょっとしてお父様が戻ってきた。手には白い大きな封筒を持っている。その封筒を僕と明に渡して、

「健太くんは優花ちゃんがいるからパスね」

などとおっしゃる。

「あ、あの、なんですか?」

と聞いてみたら、

「まあ、見てみてよ。我が娘とは思えないくらいだよ」

とのことなので、中身を見た。


 二つ折りされた豪華な台紙を開くと、着物姿の神崎さんの写真だった。いわゆるお見合い写真というやつだ。見入ってしまった。

 

 視線を感じ顔をあげるとお父様と目が合った。お父様の顔をまじまじと見ていると、横からお母様が、

「ぜひ、親御さんに見ていただいて」

とおっしゃった。


 写真はもちろん、両親にみてもらった。母は、

「修二、逃しちゃだめよ」

と言った。

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