第11話 北海道観光

 院試翌日、僕と明は神崎さんと小樽観光に行くことにしていた。

「ホテルまで迎えに行こう」

 明の提案である。昨日酔いつぶれた神崎さんを送っていったから、ホテルはわかっている。

「嫌がられないかな?」

 僕は一応明に聞いてみたが

「大丈夫なんじゃない?」

 明は楽観的だった。

 

「あんたらストーカーか」

 神崎さんはやっぱり非難してきた。

「かんべんしてよ、昨日も送ってあげたんだし」

 そう言ってみると、

「たのんでない」

と、悪態をかれた。昨日酔いつぶれてしまったので、きまりがわるいのだろう。


 札幌駅から電車で小樽に向かう。市街地を抜けると田園風景がひろがる。距離感が本州とは違う気がする。家と家の距離が遠い。

 しばらくして日本海が見えてきた。真夏なのに、どこか寒々しい光景だ。さすがの明もじっと海を見ている。神崎さんは何を感じて海をみているのか。

 

 小樽駅に着くと、神崎さんは早足で先にたった。上高地のときもそうだったが、観光というか旅が好きなのだろうか。

「よし、運河いこう、運河」

「ぼくらの意見は聞かないんだね」

 僕はついそう言ってしまった。

「だって、あんたらがついてきたんでしょう」

「文句ありません」

 明も文句はないだろう。

 

 運河に着いたら神崎さんの歩調はゆっくりとなった。海を覗き込んだり、景色を眺めたりしている。小樽の空気を満喫しているようだ。

 

 ふと気になった。紫外線が痛い。

「日焼け大丈夫?」

 神崎さんは色白だから。

「ちょっとまってて」

 神崎さんはコンビニに飛んでいった。

 

「修二、よく気がついたな」

「僕自身、紫外線がきついよ」

「そうか、それにしてもいいところだな」

「ああ、こうしてボーっとするのもいいな」

 海の匂いを嗅ぐのも、ずいぶんと久しぶりな気がする。

 

「ありがとう、助かったわ。ずいぶんまたせたでしょう」

 神崎さんが戻ってきた。帽子も被っている。

「大して待ってないよ、じっくり景色を眺めているのも、いいもんだね」

 本音だ。

「三十分くらいかな、しっかり満喫した」

 明も本音だろうが、時間は言わなくていい。神崎さんはちょっと明をにらんだ。

 

 船に乗ったり散歩したりするうち、昼になった。

「ねぇ、そろそろお昼ね」

 明は、

「小樽と言ったら、海鮮でしょう」

と言う。僕も同意だ。

「あんたらは海鮮へどうぞ。私昼食は別でいい」

 神崎さんは海鮮が苦手らしい。困った。僕の口はすでに海鮮丼、しかし神崎さんをつれていくわけにもいかなさそうだ。かといって神崎さんの言う通りに別行動するのもどうかと思う。

 明も苦悶の表情だ。

「私はよくわからないけど、小樽の魚は素晴らしいんでしょ。ここで食べておかないと当分食べられないんじゃない?」

「うん、俺たち海鮮に行く」

 神崎さん一人を置いていくのは忍びなく、お店への道道振り返るとそのたび神崎さんは手を振ってくれた。

 お店は強烈に混んでいた。入店を待つ列に並ぶのは、ふつうならワクワク感で焦らされるものだ。でも今日はワクワク半分、神崎さんが気になるの半分で時間が経つのが妙に遅く感じられる。この段階で神崎さんを待たせてしまうのが確定したのでSNSで連絡はしておいた。

「ごゆっくり」

と返ってきた。

「ごゆっくりと言われてもな、無理だよな」

 明はそういいながら海鮮丼をかき込んだ。

 

「待たせたんだから、午後も私の希望でいいわよね」

 食事後神崎さんに合流すると、そう言われた。神崎さん一流の冗談であろうが、待たせてしまったのは申し訳ない。明もめずらしく逆らわず、

「で、どちらへ」

と聞いた。

「小樽って、ガラス製品が有名なのよね?」

 神崎さんは楽しそうに先に立って進む。

 

 ガラス工芸のお店では、色のついたグラス、花瓶もあったが神崎さんはアクセサリーに眼をとめていた。ガラス細工のピアスを手に取ってみたり、雪の結晶の模様が入ったペンダントをみたりしている。僕はプレゼントしたくなってしまうが、その勇気は出なかった。

 オルゴールが集められた施設にも行った。暗い館内にオルゴールの音色が響き、不思議な空間だった。

 そのあとぷらぷらと街歩きをしていたら、急に神崎さんが立ち止まった。

「ごめん、私昨日の復習したい」


 驚いた。驚いたが納得した。あの厳しい輪講に正面から取り組む神崎さんだ、いろいろ気になる部分があるのだろう。

「札幌もどろうか」

 僕はそう言って同意した。明も朗らかにうなづいている。僕も明も、そんな神崎さんに好感を持っているのだ。

 帰りの電車では観光の話が半分、物理の話が半分であった。物理の話、特に昨日の輪講の話は明は大丈夫だが僕にはついていけない。悔しい。車中でこのあとどこで勉強するか相談したが、神崎さんはホテルの自室ですると言う。

「じゃ、俺達はすすきので呑むか」

 明がそう宣言し、神崎さんは、

「ほどほどにね」

と言ってくれた。


 居酒屋のホッケはとても大きく、味噌ラーメンもうまかった。

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