第9話 院試

 札幌国立大学の構内は、樹が多く緑が眼にしみる。札幌駅から歩いて十分くらいのところに、こんな落ち着いた空間がひろがるのは東京育ちの僕には新鮮だ。

「すげーなー。大学だけど観光地みたいだな」

 隣の明がうるさい。


 約一月前、僕が札幌国立大学を受けることを話すと、明もそうすると言い出した。札幌まで行くとなれば飛行機と宿を押さえなければならない。明は、

「健太経由で、聖女様の日程聞き出そう」

などと不埒なことを言う。

「日程はそれから決めようぜ」

「うんわかった」

 翌日には判明したので生協で予約し、二人旅になった。

 

「俺の予想だと、聖女様は明日の院試の時間にあわせて、絶対下見に来てる。聖女様どこかな~」

「明、お前神崎さん好きだなぁ~」

「何いってんだ、それは修二だろう?」

「大きな声で言うな」


 理学部棟の位置を確認し、ついでに大学キャンパスをうろうろする。僕らみたいにキョロキョロしているのは観光客、自転車で移動しているのは大学関係者だろう。広いから自転車でもないと大変そうだ。冬はどうしているんだろう。

 

 一通り見て、正門近くまで戻ってきたら、カフェが目についた。

「明、一休みしていくか」

「そうだな」

 レンガ造りの建物は歴史を感じさせるレンガと現代的な大きなガラスの調和したデザインは、北海道の風土と良くあっている気がする。そのガラス越しに、空いた店内でテーブル上に本やらノートやらを広げる女性が見えた。

 

 店内に入ると明も彼女に気がついたらしい。

「あ、聖女様だ」

 明が声を出すと、神崎さんは相当驚いた顔をしている。驚いた顔をちょっとしていたが、すぐにいつもの顔に戻った。

「神崎さんは、札幌が第一志望なんだよね」

 なんで知っているんだ、と言う顔をしている。聞いたのはまずかっただろうか。

「あんたらここ受けるの?」

と聞き返された。

「まあ、ね」

 神崎さんの向かいの席にすわる。

「柏へ行くんじゃないの?」

「まあ、すべりどめというかさ」

 僕は本当のことは言えなかった。明はめずらしく横でだまっている。

「あ、そう」

と興味なさそうにしていたが、

「明くん、ここのところだけど……」

と言って勉強に戻ってしまった。


 明は理論の研究室だから、僕より勉強ができる。だから神崎さんが明を頼るのは自然だ。くやしいので、僕も手持ちの教科書で勉強をする。

 

 気がついたら昼近くなっていた。

「ここは高いからさ、昼は学食へ行こうよ」

 僕は提案した。入学したら学食は毎日のように利用するだろう。見ておいたほうが言いと思う。神崎さんも明もそう思うのか、同意してくれた。


 ちょっと歩いて中央食堂に入る。特徴がでるのは日替わりの定食だと思うから、日替わりを頼む。神崎さんも同じのをたのんだ。

 席について食べ始める。味も量も問題ない。神崎さんは少しもと余しているようにも見える。女子大は量が少ないのだろうか。

「神崎さん、量、多い?」

「うーん、太っちゃうかもね。でも安くていいわ」

「ご飯の量、調整できるんじゃない?」

「そっか、気づかなかった」

「ハハハ」


 その日はそれで神崎さんと別れ、僕と明はホテルに帰り勉強した。

 

 翌日の院試、午前の数学は厳しかった。自分の不勉強さを感じる。昼食時、神崎さんと明は午前の問題の内容で盛り上がっていたが、ぼくにはとてもついていけない。それを察したのか神崎さんは途中でその話を打ち切ってしまった。恥ずかしい。

 

 午後の物理は手応えを感じた。それで気が緩んでしまった。

「神崎さん、このあと予定は?」

 そう聞いてみた。

「明日輪講があるんだ。その準備しないと」

「え、すぐに東京帰るの?」

「ううん、オンライン」

 神崎さんはさっさと帰ってしまった。

 しかたないのでその夜は明と二人、飲みに出かけた。

 

 翌日は面接だ。自分の順番が来るまで教室で待機だ。神崎さんはプリントを広げ勉強している。ぼくは札幌への志望動機を頭の中で振り返る。

 

 やがて受験番号で呼ばれ、面接会場へ入る。

 黒板の前に立たされる。いつもは学生が座る席に、先生たちが沢山座っている。

「昨日のテストはどうでしたか?」

「いや、いまいちでしたね」

 教室に笑いが広がった。おかげで僕もリラックスできた。

 

「現在、何を研究していますか?」

「はい、高温超伝導体や重い電子系超伝導体の低温での実験をやっています。比熱とか電気抵抗、帯磁率などですね」

「それで、札幌へはなぜ?」

「ええ、柏にとくに不満はないんです。ですが柏は超強磁場をはじめとして、技術開発にウェイトを置いていると思うんです。それはそれで面白いと思うんですが、僕としては超伝導なら超伝導全体を追っかけていきたいんです。そうであれば今、日本では札幌が最適と判断しました」

「おお、言ってくれるねぇ。じゃあ札幌では低温実験を中心にやりたいと?」

「そうです。低温では超伝導とか磁性の相転移とか、いろいろなことが起きますよね。低温での実験は魅力的です」


 結果はわからないが、自分の気持ちは札幌の先生方に伝えることは出来たと思う。

 やれることはみなやった。神崎さんにも声をかけ、昼食をとりに学食へ行く。

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