第4話 再会
ゴールデンウィークに入った。まとまった休みに入ったので、散髪した。散髪の帰りにスマホにSNSの着信があった。
「実験物理 若手の学校 ホテル燃えた」
明からだった。
なんのことやらわからずニュースを調べると、秋に参加予定だった「実験物理 若手の学校」で宿泊予定のホテルで火災があった。映像で見る限り、当分営業を再開できそうにない。あらら、としか思わなかった。
しばらくしたら、明から電話が入った。
「おい修二、ホテル燃えちゃった若手の学校、聖女様、実行委員だぞ」
何を言っているのか理解するのにちょっとかかった。
しばらくして、大変なことになっていることがわかる。ピンチである。
正直なところ、たった一度あっただけ、時間もかなりたってしまった神崎さんだが、若手の学校でまた会えたらと思っていた。しかしこれを機会に再会したい。
「僕、神崎さんの助けになりたい。だけどどうしたらいいか」
「聖女様はどうせ、連休中も大学だろ」
「なんで知ってんだ?」
「健太から聞いた。あいつ彼女扶桑女子大じゃん」
「なら、健太の彼女に頼むか」
「そうしよう」
健太から彼女の木下さんに連絡して、翌日扶桑女子大に押しかけることになった。普通の大学ならズカズカと入って行ってもそこの大学の学生かどうかはまったくわからないが、女子大は違う。木下さんの指導教官にお願いして、男子三名の入校許可をとってもらった。
「俺、女子大の中、入るの初めてだよ」
校門で守衛さんに許可証をもらい敷地内に入った途端、興奮した明が言う。
「おい、あくまで神崎さんの手伝いで来たんだからな。はしゃぐな。そうだろ、健太」
同意を求めようと健太の方を見ると、
「優花の学校初めて見る、いいとこだね」
などと、はやくもイチャイチャモードである。
ちょっと歩いて校舎の入り口で緒方さんが待っていた。「おーい」と言って手を振っている。頭を下げて歩み寄る。
「えーと、あなたが岩田明くん、で、唐沢くん、だっけ?」
「よく覚えてますね、唐沢修二です」
「あは、男子との出会い、少ないからね。じゃ、行こっか」
階段をあがる。古い校舎はよく手入れされていて、男子校育ちの僕にはうらやましい。自分の高校の校舎にはなぜか天井付近に足跡がついていたが、そんなことは全くない。連休中だから人影はほぼないが、それでもどこか華やかさを感じる。なるべくきれいなTシャツを選んではきたが、大丈夫なのか少し不安だ。
宮崎研究室のプレートがついたドアを木下さんがノックする。
「はーい」
と返事があって、ドアが内側から開かれた。
「だれ」
ぼくらをざっと見てそういった彼女は、黒髪にノーメイク、淡い黄色のTシャツを着ている。花がらのロングスカートの下にサーモンピンクのサンダルが見える。
優花さんが、
「失礼ね、聖女様この二人とは初対面じゃないよ」
と非難する。神崎さんは不審そうな眼で僕ら見る。
「まさか」
僕たちと合コンしたことを思い出したのだろう。
「その、ま・さ・か」
健太が僕らを紹介する。
「こいつは唐沢修二、帝大で低温の実験をやってるよ。で、こいつは岩田明、やはり帝大で宇宙論」
「ふーん」
といいながら、神崎さんは僕らを上から下までじろじろと眺めた。なにか言いたげであったが、
「健太何やってるんだっけ」
と聞く。
「ほんと聖女様は物理以外興味ないな。おれは高分子」
「それで、何。だいたい連休中の構内に、よく入ってこれたわね」
木下さんが答える。
「だいじょうぶ。伊達先生に電話して許可もらった。聖女様さ、『実験物理 若手の学校』の実行委員でしょ。明くんと修二くんも参加予定なんだって」
「仕事はちゃんとやってるわよ」
伊達先生といえば、柏の超強磁場施設の建設にも関わっていた先生だ。去年特別講義に出席したので知っている。そういえば水戸を退官後、扶桑女子大に行ったと言っていた。そんな大家に直接教えを請える扶桑の学生がちょっとうらやましい。また「実験物理 若手の学校」は、日本中の実験物理を志す院生や4年生のうちの希望者が毎年秋どこかに集まって行う勉強会である。
「聖女様ニュース見てないでしょ。ほら」
緒方さんがスマホの画面を神崎さんに見せる。続けて木下さんが説明する。
「ホテル全焼だって。これじゃ若手の学校むりじゃない?」
「それは困る」
「輪講で仕方ないとは思うよ。でも、修二くんから健太経由で連絡が来たのよ。で、今日相談に来たわけ」
木下さんが説明した。僕も勇気を出して口を出す。
「いまさらあの時期に、実習会場の大学の近くに、条件の揃ったホテルは取れないよ。」
神崎さんは即答する。
「分散して宿泊すれば」
「それもわからなくもないんだけど、いっそのことさ、実習は諦めて、その分空いた時間で神崎さんとか明とかで理論の話をすればいいと思うんだよ。だからどこでもいいからホテルを押さえようと思うんだ」
「実験やってると、どうしても理論の学習が手薄になるから、そういうのは助かると思う」
緒方さんは、実感のこもった顔でそう言う。つづけて僕も言う。
「実は僕、上高地のホテルで働いている親戚がいるんだけど、そのホテルで今度の秋に外国人団体のキャンセルが出てるってこないだ聞いたんだ。だからさ、素早く押さえれば宿舎の問題だけは解決できると思う」
「わかったわ。ことは急を要する。まずは実行委員全員と連絡。ホテル全焼だけ伝えて。上高地はまだいい。SNSね。岩田さん、おねがい」
たったこれだけの情報、時間で神崎さんの決断は早かった。
「苦手の学校のグループが作ってあるわ。あ、PINは……」
神崎さんがPINを大声で言うのを聞いて驚いてしまう。明は気押されたように神崎さんのスマホをいじり始めた。
「世話役はだれだっけ、ああ帝大の金谷先生か、唐沢さんおねがいできるかな」
「OK」
「健太くん、そのへんのパソコン使って、上高地のホテルみてもらえる? 確認ポイントは予約状況と、セミナーが開ける会場」
「まかせといて」
「現在の方針は、関係者にホテル全焼だけ連絡! 並行して上高地の状況確認! 上高地がとれるようなら、金谷先生から説得!」
帝大で隣の研究室が金谷先生のところだ。金谷研の友人に電話をかける。呼び出し音を聞きながら、神崎さんは生徒会長でもやっていたのかなと思う。
バタバタとやっていると、
「やあやあ、やってるね」
と伊達先生がやってきた。買ってきてくれた弁当類を机に置き、冷蔵庫を開けたところで伊達先生の動きが停まった。何事かと見ると、冷蔵庫がバナナオーレのパックで満杯になっていた。
「神崎さん、これ、ちょっとだしてもいいかな?」
伊達先生が申し訳無さそうに神崎さんに言っていた。
その日、できることはすべてやって大学を出たら、もう薄暗かった。伊達先生を中心に七人でごちゃごちゃと扶桑女子大の坂を下る。緒方さんが言う。
「聖女様って、ほんと揚げ餅とバナナオーレが好きよね」
「悪い? 甘い・しょっぱいの無限ループで、いくらでも計算を続けられるのよ」
僕はそんなものかと思うが口には出せない。
「伊達先生がびっくりしてたでしょ」
緒方さんの指摘に僕は思わず笑ってしまったが、恥ずかしそうに神崎さんに睨まれてしまった。
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