第13話 両家顔合わせ

 明くんとの同棲をちゃんと親に許可をもらおうと里帰りした私は、両親を前に怒鳴られていた。私は同棲をしたいと言ったのがいけなかった。どうもすでに明くんのところに転がり込んでいるのがバレているっぽい。

 私はこのピンチからどう脱出するか考えていた。


 こうなったら最終兵器を出すことも考えた。その場合、学費が出せなくなるかもしれないから、博士課程への進学は諦めなければいけないかもしれない。そのときは1年位必死でアルバイトしてお金をため、そのお金で1年遅れで博士課程へ行けばなんとかなる気がする。奨学金もフルに借りこむことも考えてはいた。


「あんた、年齢をたてに、婚姻届出そうったってそうは行かないよ」

 バレている。

「聖女様の言う通りだわ」

 あいつ、チクったな。

「聖女様はあんたのこと裏切ってないよ。私が問い詰めた」

 そうか。

 次に口を開いたのは、パパだった。

「のぞみ、俺達は別に、明くんとお付き合いするのを反対しているわけじゃない。ただ、話の順番が違うんじゃないか、ということだ」

 全くその通りだ。

「おまえがなんか怪しいというのは、夏くらいに気がついていた。だからママにお願いして、神崎さんとかいろいろと情報を集めていた。いつお前の口からちゃんと話をしてくれるか、待っていた」

「ご、ごめんなさい」

 私はもう謝るしかなかった。

「いいから話しなさい」


 私は夏に明くんの家の掃除に行った話、そこからほぼずっと明くんの家に寝泊まりしている話、全部正直に話した。

「そうか、聖女様の話と矛盾はないな」

 ママはそう言った。聖女様はすべてゲロっていたらしい。

「あんたが今は嘘を言ってないことはわかった。だからってすぐOKというわけにはいかない」

「はい」

「まずはちゃんと向こうのお家にご挨拶しないと」

「はい」

 父も同じ意見だった。

「のぞみ、今すぐ明さんに連絡しなさい。できるだけ早くお会いしたい。こちらはご都合にあわせるからと伝えなさい」

 私もその心づもりではあった。おしりのポケットに入れてあったスマホを取り出そうと立ち上がったら、ひっくり返ってしまった。正座して足がしびれていた。悶絶する私を見て、怖い顔をしていた両親は笑い出した。


「あ、明くん」

「ああ、のぞみん、今、親に怒られてるとこ」

「うちもおんなじ。でね、うちの両親がね、そちらのご両親となるべく早くお会いしたいと言っているの」

「ちょっと待って」

 しばらく向こうで何やら話す声がしたが、やがて明くんの声がした。

「うーんとね、うちの両親もなるべく早くって言ってる」

「じゃあ明日とか?」

「ちょっと待って」

 私はその間にパパとママに明日の予定を聞いた。平日にも関わらず、ふたりとも明日は休みという。

「こっちも大丈夫」

「じゃあ、両家顔合せの場所、決めなきゃな」

「どっかいいとこ、あるかな?」

「うーん、そうだ! 最初の合コンのイタリアン、あそこがいいんじゃない」

「そっか、そっちからもこっちからも行きやすいからいいね」

「じゃ、明日の午後、予約入れようか」

「うん、おねがい」


 イタリアンレストランへ向かう道で、私はダークスーツを着込んだ両親に両脇を固められていた。平日の地下街を歩いているから3人横並びでもかろうじてじゃまにならないが、これではお受験の面接に向かう幼稚園児だ。

「ねえ、べつに3人並んで歩く必要ないんじゃない。私、案内するから」

「だめよ、あんた逃げるでしょ」

「いや、逃げないし」

「あんたがお受験で逃げたの、私忘れてないからね」

 そう言えばママの言う通り、扶桑の附属小の受験の日、お友だちと一緒に公立小に行きたいと逃げたのを思い出した。


 スマホが振動し、画面をみたら明くんだった。

「なんだって?」

 文面を見ている私にパパが聞いてくる。

「明くんたち、もう着いててお店に入っているって」

「うむ、お待たせしてはいけないな」


 4年ぶりに訪れた店内は、あまり変わっていなかった。前来たときは夕刻だったからかなり混んでいた。今は年末とは言え平日午後でそれほど混んではいなかった。店員さんの案内についていく。


 明くんが手を降るのが見えた。左にいるお父様らしき人が明くんの頭をポカリと叩いた。礼儀には厳しいのかもしれない。私は席に座る前に、とりあえず挨拶することにした。

「はじめまして、緒方のぞみと申します。明さんとは親しくさせていただいています」

 するとお父様、お母様が立ち上がり頭を下げた。下げたついでにまた、お父様が明くんの頭を叩いた。

「この度はうちの明がお嬢さんに大変なご迷惑をおかけし申し訳ありません。取れる責任は全部とらせますので、どうか……」

 なんか私が傷物にされたような言い方で、私はちょっとムッとした。

「あの、私が明さんのおうちに転がり込んで、むしろおしかけたのは私です。明くんは悪くないです」

 ムッとはしたが、とにかく頭を下げた。そしてうちの母がいいだした。

「娘が大事な御子息のお勉強をじゃましているようで、大変申し訳ありません」

 私は頭を下げていたのだが、母がさらに頭を押さえつけた。上目づかいに明くんの方を見ると、やっぱり頭を押さえられている。なんか私達二人頭を押さえつけられていて、なんだかおかしくなった。


 とにかく全員着席した。私は明くんの誤解を解くべく、話を始めた。

「私は4年前、このお店で開かれた合コンで明さんに出会いました。始め明さんは私の友人の神埼杏さんに興味をもったようですが……」

 私は北海道に行って、聖女様といっしょに明くん、修二くんたちと交流するうち、気がついたら明くんに強く惹かれていたことを話した。

「それであるとき、明さんのお部屋の片付けを手伝うことになり、どうしても一緒にいたくてそのまま居着いてしまいました」

 それに対して明くんのお父様は、反論した。

「明は、強引にあなたに頼み込んだと言っていたのですが」

「それは私の立場を考えてそう言っているんだと思います。私がおしかけたんです」

「そうですか……」


 しばらくの沈黙のあと、明くんのお母様が聞いてきた。

「正直申しまして、うちの明なんかの、どこがよかったのですか。そりゃお勉強はできますけど、いつもわけのわからないことを言っているようで……」

 それについては明快に答えられる。

「基本的に、彼は優しいんです。馬鹿に見える行動も、たいていは友達だったり私だったりへの思いやりに基づいているんです。明くん、あ、明さんのお友達の唐澤さんと私の友人の神埼についてもですね、何か積極的にするわけじゃないんですけど、いっつも暖かく見守っているんです。私、それに気づいてしまって」

「そうですか、それはどうも……」

 明くんは口をへの字に曲げて天を仰いでいる。


 今度はママが明くんに質問した。

「あの、うちの娘、自分で言うのもなんですけど、ガサツで、こんなののどこがいいんでしょうか。よく一緒させてもらってる杏さんのほうが女性らしいし、学会でも活躍してるんでしょう。まあ唐澤さんと結婚されちゃいましたけど」

 もっともな質問だ。

「お言葉ですが、のぞみさんはガサツではありません。まず、春の学会で神崎さんが発表した研究ですが、のぞみさんの作ったサンプルなしではなし得ませんでした。僕とか神崎さんは理論ですが、物理は、実験なしにはあり得ません。僕はお仕掛けてサンプル作り見てましたからわかりますが、あれはのぞみさんの執念の結晶でした」

 私の作ったサンプルは単結晶だったが明くんはめずらしく、言葉が被っていることに気づかなかった。

「あの、のぞみはこう言っちゃなんですが、中学も補欠合格、大学もすれすれ、大学院も杏さんに影響されて行ったようなものですのに」

「今、毎日のぞみさんの作ったご飯食べてますが、美味しいです。ただ美味しいんじゃないんです。僕のために日々改良してるのがわかるんです。のぞみさんのサンプル作りの姿勢と重なるものを感じるんです。僕は直感で動いてしまうところがありますが、のぞみさんは目標を見据え、着々と積み重ねていくタイプだと思います。正直言いまして、もう僕はのぞみさんなしでやっていける自信がないんです」

 明くんはいつも私のつくるものをおいしい、おいしい、と言って食べてくれている。それに不満はまったくなかったが、そんなふうに評価してくれているとは知らなかった。涙が出てきた。


 料理が出てきはじめた。

「せっかくですから、いただきましょう」

 明くんのお父様が言ってくれた。

「うちの明と、のぞみさんの出会いの料理ですから」

 明くんのお父様は、私の目を真っ直ぐみて仰った。

「私としては、のぞみさんが明のところにきていただけるなら、こんないい話はないと思うんです」

 私はママに頭を押さえつけられた。

「こんな娘ですが、どうかよろしくおねがいします」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

聖女様の物理学 外伝 スティーブ中元 @steve_nakamoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ