第12話 のぞみん里帰り
「のぞみん、忘れ物ないかな?」
明くんが聞いてきた。私は2年近く暮らしてきた部屋を見回した。私は今日この部屋を引き払い、明くんの家に行く。両親には一応許可はとった。
その話は年末まで遡る。
夏のはじめに明くんと付き合うことにした私は、明くんの部屋に寝泊まりすることが多くなっていた。明くんのところで泊まっていない場合、パターンは2つしかない。一つは聖女様のところで女子会。もう一つは大学で徹夜の実験だ。以前は安全上だめだったが、網浜先生に明くんと真剣に交際を始めたことを報告し、明くんがボディーガードしてくれることを条件に許可をくれた。網浜先生は明くんに、
「ふたりともいい加減いい年だから大丈夫だと思うけど、学内で一線を超えたら、さすがに僕はかばいきれないからな」
と釘をさしていた。
そういうわけで私の部屋は単なる荷物置き場と化していて、家賃が完全に無駄だった。明くんのところに引っ越してしまいたいと思うのだが、親にそれを言う勇気が出ず、ずるずるとここまできた。
しかしいつまでもそうは行かないし、いずれ現状の半同棲もバレる。年末の休みを早めにとらせてもらうことにして、私と明くんは帰省して親の許可をもらうことにした。
羽田から別行動し、まずはお互いの親に報告、その後両家顔合わせということにした。
そもそも私は両親に明くんと付き合い始めたことすらちゃんと伝えていなかった。父はともかく、母の反応が怖かった。母は私の友達に「先輩」と呼ばせるように一見気さくだが、娘の私は知っている。母は保守的と言うか頑固というか、まあめんどくさいのだ。札幌に行くのを決めたのだって、結構反対された。聖女様が行くからということで、なんとか許してもらえたのだ。だからあっちで男を捕まえ、さらに同棲となるとひっぱたかれるかもしれない。
心配なので聖女様に相談したら、
「ま、経験的に言ってなるようになるんじゃん」
と、全く役に立たないアドバイスをされた。
羽田で明くんとは別行動にした。母は車で迎えに行こうかと言ってくれた。でも、車中で色々ネチネチとやられそうで、年末の渋滞を理由に辞退した。
久しぶりの実家までの道のりは、見慣れたはずでも懐かしいようでもあり、目新しくもあった。前回はSHELの一般公開の手伝いで立ち寄ったから9月末、3ヶ月ぶりだ。商店街には新しくできた店もあった。札幌の生活は大好きだが、こうして久しぶりの川崎の商店街を歩くと、川崎は川崎でいいところがあることに気付かされる。何と言ってもたこ焼きとか焼き鳥とかドーナッツとか肉まんとかシュークリームとか、あとたい焼きとかコロッケとか、買い食いは楽しい。札幌は雪国で、そういうのは通学路沿いにあんまり無い。しょっちゅう女子会をしてアルコールに行ってしまう理由がわかった気がした。
でも今日はちょっと緊張して、何も食べる気がしなかった。
実家のマンションのピンポンを鳴らすと、ママが出てきた。
「おかえり」
なんか硬い。
「ただいま」
ママの硬さとこれから話をしなければいけない内容のせいで、私の返事も硬くなった。
「荷物置いたら、和室に来なさい」
「は、はい」
これは明くんのことがバレてる。
久しぶりの自室の感慨にふける暇もなく、言われた通り和室に行く。
うちの和室は一応床の間になっている。たまに古風になるうちの両親は、正月の挨拶と毎月のお小遣いは和室でする。あと、説教もだ。
どう考えても今日は説教コースだろう。
やべーと思いながら和室に行くと、平日なのにパパがいた。
「パパ、ただいま」
「うむ、おかえり。まあ座れ」
正座する。正座しろと言われる前に正座する。タイトなGパンがきついが、そんなことにかまっているわけにはいかない。
「あのね、パパ」
「話はママが来てから聞こう」
「はい」
パパは床の間を背負って、腕を組んで目をつぶっている。話しかけられる雰囲気ではない。ママが来るのを待つのが長く感じられる。
足がしびれ始めてくる頃、やっとママが来た。ママはパパの横に正座したところで、パパが目を開いた。
「あのね、パパ、ママ、私、明くんと二人で、学問の道で生きていきたいと思う」
「それは誰かの影響か?」
パパの言うのは、聖女様のことだろう。
「うん、それが無いとは言えない。だけどいい影響なら、私は受けていいと思う」
「うむ、それで」
「それで私、明くんと一緒に暮らそうと思う」
「ばっかもーん」
思わず首が引っ込んだ。つぎにママのビンタが飛んできそうだ。
「のぞみ、あんた、嘘はいけないよ」
ママである。
「あんたもう、明くんのところ、転がり込んでいるんでしょう」
「は、はい」
私はこのピンチをどう切り抜けるか、必死に考えた。
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