卑怯で、悔しくて、今更で
「私が此処に呼んだ理由は分かっていますね? 」
そう言って私の入れたお茶を飲むこともなくただ下を向いているヨハンの表情は見えない。口を開くのに時間がかかるだろうなって思いながらお茶を飲んで様子をうかがっている。
(ジャックが元同僚って言っていたような? 二人とも昔の事なんて話さないし……)
二人の関係性が分からないので今回の動機が全く分からなかった。ヨハンが恨みを持って犯行に及んだ説が濃厚だけど、ジャックに何かやられた程度で彼がこんな事をするような人では無いと私は思っていたので動揺していた。
(あるいは、行動に出てしまう程の何かをされたって事もゼロではないのよね……)
ジャックは悪気なく人の怒りの琴線に触れてしまうので余計に質が悪い。人生が狂ってしまう程の事をしておいてその事実を覚えてないで気さくに話しかけている様子が簡単に想像できてしまう。
そんな事を考えているとヨハンはこちらをようやく向いたかと思えばこんな事になるとは思っていなかったと話し出した。
「彼は天才だ、一生を費やしても成せない様な偉業をあっさりやってのける。僕がアカデミーで優秀な成績を収める為に勉学に励んでいる時には魔法省で論文を発表していた。入学してたった3ヶ月で入るのすら難しい魔法省の内定をもらっていた。」
「……その妬みが今になって思い出してこんなことをしたと? もしそれが本当だったなら随分と浅はかね。」
個人的にはもっと自分の研究内容を先に越されて発表されたとかヨハン自身の人生をを悪意無く潰していたのかと思ったけど、言い方は悪いが思った以上に普通な逆恨み過ぎて少し失望していた。しかし、言い方が良くなかったのかヨハンは違うと否定して机を思いっきり叩いた。
「これだけならどれだけ良かったか!! あいつは貴方の人生を……僕の大切な人の人生を奪って滅茶苦茶にしてヘラヘラと幸せそうに笑って生きている!! 」
いきなり私の話になって驚いていると分からなかったでしょうねと自嘲気味に笑った。
「魔法省を辞めてギルドを立ち上げて侯爵家に行ったあの日から僕はずっと貴方をお慕いしておりました。ですが僕は平民で貴方は侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者。届かない相手と諦めて貴方が幸せならそれで良いと思っておりました。」
(全然気がつかなかったわ。私ってそんなに異性の好意に鈍感ではないと思っていたんだけどな)
多分、ヨハンの気持ちに気づく余裕なんて無かったからだろう。侯爵令嬢時代は皇太子殿下やマリアベルの事、平民になった時にはリリアナの事で頭がいっぱいで他の人の感情なんて気にしていられなかった。
「貴方が子供を身ごもり子供と二人で平民として生きて行くと侯爵家から聞いた時はチャンスだと思った。貴方と結ばれる可能性がゼロじゃなくなった。リリアナだって貴方の子供なら愛せると本気で思っていたんです。」
思うところは色々あったけど口を出してまた沈黙を貫かれたら困るので最後まで話を聞くことにした。
「リリアナの魔法を見た時に直ぐにジャックの子供だと分かりました。あの子を大切に思う気持ちは本物なのに魔法を見る度にあの男の影が見えてしまう……。僕がこんなに苦しいのにあの男は会うたびに笑って人生を楽しんでいる……悔しくて悔しくてたまらなくなったんです。」
貴方の人生を狂わせた男と結婚するって聞いた時の僕の気持ちなんてきっと分からないでしょうねと言うヨハンに率直な意見を返す。
「今更そんな事を言うなんて貴方はとても卑怯な人ね。」
ヨハンは目を見開いて驚いているけど私の気持ちはとても冷ややかだった。
「貴方の気持ちに気がつかなかった私にも非がある。でも、さっきから聞いているとまるで私の為にこんな事をしたんだから僕は悪くないと言っているようにしか聞こえないのよ。」
ヨハンからしたらジャックは色んな人の大切な何かを奪っている人間に見えるかもしれない。けど、私からすれば辛い時に守ってくれた男性はジャックだけだった。
「次に私を理由に私の夫を傷つけたら許さないから。」
そう言うとヨハンは下を向いて静かに泣き出したが、私は言葉をかける事もなく彼が泣き止むまで黙ってお茶を飲み続けるのだった。
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