彼の感情に触れるとき 1
涙も止まりようやく落ち着いてきた頃、タイミングを見計らっていたかのようにリリアナが姿を現した。
「お母様……。その、大丈夫? 」
私の顔を見て泣いていたことに気づいたリリアナは気まずそうにしている。
どんな反応をしても心配をかけてしまいそうだけど私は努めて元気に振舞った。
「心配をかけてごめんなさいね、もう大丈夫よ。」
その言葉に納得してはいなかったけど、これ以上のかける言葉が見つからないのか話そうとして口を開けては閉じることを繰り返していた。
(どうしようかしら……)
話の切り上げ方を考えていると突然リリアナが勢いよく後ろを振り返った。
不思議に思って声をかけようとした瞬間、瞬く間に屋敷が氷漬けになっていた。
「まさか……これ……。」
「当然、お父様の仕業よ。」
「やっぱり怒っているのね。この屋敷を凍らせて私達を追い出そうとしているの?」
そう呟くとリリアナが苦々しい表情をみせた。
「これは魔法というよりも魔力が漏れ出てる感じだわ。……ほら、此処まで凍ってきてる。」
リリアナが花壇に指をさして教えてくれた場所もじわじわと浸食が進み、花を凍らせていて吐いた息が白くなるくらい寒くなってきた。腕をさすりながらリリアナに尋ねる。
「漏れ出てるって事は彼は精神が不安定なの? 」
リリアナも数年前までは泣いたり怒ったりするたび触ってもないのに家の物が壊れてしまっていた。最初は意味が解らず住んでいる家に幽霊が居るのかと思ってヨハンに尋ねたところ精神不安からくる魔力暴走の一種だと教えて貰った。彼が魔法を教えだしてからはその頻度はかなり減っていたのでその対応も教えて貰っていたのだろう。
「その言葉で片付けて良い規模じゃないけどね。うわぁ、このままだと屋敷どころか被害が町にまで行きそう……。」
「そんな……今すぐにでも止めないと!! 」
そう言うとリリアナは嫌そうな顔をした。
「お父様の責任だわ。もう離婚間近って事にして今から転移魔法でお母様の実家に帰るって選択肢はどう? 」
「流石にダメでしょう!? 」
こうなってしまった原因は確実に私だ。それが分かっているのに我が身可愛さに逃げてしまうのは流石に無責任だ。屋敷の中に入るために扉に向かうが近づくにつれ気温が下がっている様な気がした。
「寒い……。でも、屋敷の扉は凍っていなくて安心したわ。」
ガチガチと歯を鳴らしているとリリアナが防寒の魔法をかけてくれたのか寒さをそれほど感じなくなった。
「扉が凍っていたら屋敷に入れないわ。」
「それはそうなんだけどね……。」
正論ではあるけど何もかも凍ってしまっているのに玄関扉だけ無事なんて不自然にもほどがある。そんな事を考えていると信じられないかも知れないけどとリリアナが話しかけてきた。
「こんな状態にしてるけどお父様はお母様に会いたくて扉を開けてるんだよ。心が冷たくなるくらいに寂しいって無意識に感じてる。」
自覚があったら魔力漏れのコントロールくらい出来るはずと言っているが到底信じられなかった。人の心なんて分からないような人がそんな事思うのだろうか。
(でも、これが魔力暴走だと魔法使いであるリリアナが言っているのだから本当なんでしょうね)
この屋敷を覆いつくすほどの氷が彼の寂しさだと言うのなら私はいったい彼の何処を見てきたのだろうか。そう考えて思わず笑ってしまった。
「見てきたも何も私は彼を知ろうとしなかった。」
話し合いもせずに相互理解が無いまま出来てしまった関係性の綻びが今になって出てきてしまっているのなら向き合わなくてはいけない。
(これが愛してるからなんて理由だったら収まりが良いんでしょうけど……)
今の私は彼の欲しい感情を返すことは出来ない。そんな嘘の言葉は彼だって望まないだろうとは何となく感じていた。
(だったら、嘘偽りなく話すしかないじゃない)
それがリリアナの魔法が効いているのにも関わらず寒さを感じる程の悲しみを与えてしまった私の考える唯一出来る事だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます