切り捨てるなんて選択が無かったのは怖かったから

あの後、話し合いの末に私は侯爵家が所有している別荘に移動することになった。

名目は数人の使用人を連れてのお母様の療養の為だ。



「これからは社交界に行くこともなくなるでしょう。あと数年は外出も控えた方が良いでしょうし……。窮屈な思いをさせるわね。」



そう言って悲しそうな笑みを浮かべるお母様の手を握った。



「そんな顔をなさらないでください。私はお母様の心遣いに感謝しているんです。お父様とお母様が信じてくれたから私は此処に居ることが出来るんです。」


信じてくれなければ今頃路頭に迷って野垂れ死にしていただろう。本当に感謝してもし足りないくらいだ。



そう言う経緯があり私とお母様は長く住んだ屋敷から出る選択をしたのだった。



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別荘に行く段取りは思いのほか大変だった。


「まぁ、ここには帰ってこれないから荷物搬入はいつも以上に時間がかかるしね。」



少なくとも数年は別荘で暮らすので要る物の選択が思った以上に時間がかかってしまった。なにせ、これからは商人を家に居れることだって出来なくなるから直ぐには欲しいものが届かない。


(屋敷に忘れ物したとして取りに帰るのは難しくなるでしょうし、慎重に持っていくものを選ばなくちゃ)



そんなこんなで、あの日から約一か月程時間がたってしまったので屋敷の人たちは外の人間にバレない様に急いで準備していた。


私も手伝おうと持っていく本を整理しているとノックをしてエマが入ってきた。


「お嬢様! 準備は私達がしますのでお休みください!! 」


エマの言葉にキョトンとしてしまった。


「え、私そんなに体調悪そうに見える? 特に不調も感じないし元気よ? 」


しかし、私の言葉を聞いてもエマは引き下がってくれなかった。



「お嬢様の想像以上に顔色が良くないです……。風邪の引きはじめかも知れませんし出発まで時間がまだありますので本日は休息をとってください。」



確かに熱っぽくはあったので本当にエマの言う通り風邪の引きはじめかも知れない。最近、風邪の症状に心当たりがあったので彼女の言う通りにした。


(色々と考えることが多かったしね)


未だに私を陥れた事件の真相は少しも分からないままだ。こっそり調べて推察しているうちに知恵熱でも出ているのかも知れない。


「確かにそうかもしれないわ、今日はベッドで休むから下がって。」


「一度、主治医に診てもらった方が宜しいのでは? 」


「本当に大丈夫よ。身体に異変を感じたら直ぐに呼ぶから。」


そう言うと心配そうにこちらを見ながらも一礼をして部屋から出て行った。



エマが出て行ったのを見計らってごろんとベッドに横たわった。これをエマに見られるとはしたないって怒られてしまうから。



「確かに言われれば身体のだるさを感じるかもしれない。」


やっぱり見て貰おうとベルを鳴らそうとして---止めた。それはある可能性がよぎったからだった。



(身体はだるいし、少しだけ食欲も落ちている気がする)


これだけなら、事件の事で無意識のうちに気を病んでいたと判断したし実際に私もこの屋敷に居る人全員が思っている事だと思う。



  私しか知らない事実を除けば。


(そう言えば……生理が来たのって何時だっけ? )



ストレスによる生理不順。それだと決めつけられない事実があった。



(あの日の夜……あの男、避妊してなかった!! )



彼曰く、自分は子供を作るのが極めて難しい身体らしく何度も女性と関係を持っても子供が出来たためしがないと言っていた。


その時の私は話半分に聞いていた。だって、本当に自暴自棄になっていたから。



「先ずは確認を……。」



ベルを掴もうとしたけど、手が震えて取ることが出来なかった。



「これ以上……。お母様達に迷惑なんてかけられない……。」



今でも大変な状況なのに、お腹に赤ちゃんがいるかもしれないなんて言ったら今度こそ見捨てられるかもしれない。



「まだ妊娠したって確定したわけじゃないしお腹も膨らんでない……。明日……そう、明日言いましょう。」


もしも子供が出来ていたら私の人生の邪魔になるだろう。私はその子を愛することが出来るのだろうか?


「そうなったら、生まれない方がこの子も幸せなのかも……。」


しかし、その言葉を言っている私自身がお腹を守るように撫でている事に気が付いた。



「まだ……決まったわけじゃないのにね。」



愛せる自信なんてない。けれど、同時に十字架を背負って生きることも出来ない自分がどうしようもなく醜い人間に思えて涙が止まらなかった。













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