私の人生最大の選択も予定調和過ぎない

明日、明日と先送りにしていたらさらに一月、皆に伝える前に自分の体調の異変に気がついてしまった。


(最近、胃がムカムカするというか……。吐き気がするというか……)



体調不良が続くようになっても、医者に診てもらおうとするのを拒み続けた。言おうとしたけど怖くて言い訳ばかりを吐き続けた。



『今、医者に診てもらうと死んだはずの令嬢に化けていると思われる』や『精神を病んでいると結果が出たら耐えられない』等々のこの一月言い続けたら、そんな私に業を煮やしたお母様がとうとう医者の手配をしてしまった。



(昔、SNSで見た妊娠の初期症状に似ているわ。想像妊娠の可能性も捨てきれないけど……。)


---もう隠しきれない。明日来てくれる医者を待つ私は断罪を待つ咎人の気分だった。



「処刑されるわけでもないにこんな所で悪役令嬢の気分が味わえるなんてね。」



そう言って自虐気味に笑っていると扉をノックする音が聞こえた。



「どうぞ、入ってください。」



入ってきたのは何とお母様だった。医者を強引に手配したお母様に強く反抗した後だったのでとても気まずい気持ちだった。



「体調はどうかしら? 今は落ち着いているかしら。」


ベッドで寝ていた私にお母様が近づいてきたけど何も答える気にはなれなかった。



そんな私の事はお構いなしにベッドに腰かけて私の手を握った。


「……少し熱いわね。汗もかいているみたいだし、せめて顔だけでも拭きましょうか。」



そう言って待機していたエマに水の入った桶とタオルを持ってこさせた。



「アシュリーの汗は私が拭うわ。貴方は部屋の外で待機していなさい。」


私はお母様に看病させるわけにはいかないと思い抗議しようと思ったけど出来なかった。それはタオルの準備をしてくれたエマも同じだった。



(これはお母様のお願いじゃない、命令だわ)



怒っているのは明白だった。そんなお母様に反抗が出来るわけもなくエマは一礼をして部屋から出て行ってしまった。



「さぁ、顔をこちらに向けて頂戴。ついでに軽く腕と背中も拭いてしまいましょうね。」



(……エマにわざと出て行かせたのね)



そう思いながらもお母様は優しい手つきで顔と腕の汗を拭ってくれた。思わず泣きそうになったが、ぐっとこらえて無言を貫いていた。


(今は、何を言ったとしても怪しまれてしまう。何とかこの状況を切り抜けないと……)



何とも言えない緊張感の中、腕と顔を拭き終わったお母様が背中を向けるように指示をしたのでお母様に背中を向けた。それと同時にお母様を直視しなくていい状況に安心して小さく息をついてしまった。



それに気づいているのか分からないけど背中を拭っているお母様が私に話しかけてきた。



「貴方は怒っているでしょうけど、私はこの判断を間違っているとは思わないわ。最近の貴方は特に思いつめた顔をすることが多かったもの。」


「お母様が間違っているとは思いません。……私だってお母様の立場ならそうすると思うので。」



言葉は少し冷たさを感じたけどそれ以上に背中を拭ってくれる手が優しかったから話さないと決めていたのに思わず言葉が出てしまった。お母様の顔が見えなかったのも大きな要因だった。



そんな私にお母様は語り掛けるように話を続けた。



「アシュリー、これだけは覚えていて。貴方がどんな状況であれ、私は貴方の味方です。貴方の母親として共に背負わせて頂戴な。」



---その言葉を聞いて確信してしまった。お母様は私の妊娠の可能性に気が付いている。


(それもそっか……娘が一晩帰ってこなかったんだからその可能性も考えているわよね……)



しかし、お母様は一つ勘違いをしている。私の妊娠は合意なし……つまり、襲われて言い出せなかったと思っている筈だ。



(お母様なら合意と思っていたら責任を取りなさいと言うわ)



そして、その後にさっきと同じ言葉を言うのだろう。そう思うと涙が溢れて止まらなかった。お母様は私の気が抜けてしまって泣いていると思ったようで、あやすように私の背中を撫でてくれた。


「明日はお母様だけが一緒に入るから大丈夫よ。お父様も分かってくれるわ。これからの事は一緒に考えていきましょう。」



きっと、私がお腹の中に居る命を切り捨てないことも分かっているのだろう。

だからこそ、これ以上迷惑はかけられない。



(漸く決心がついたわ。---全てを捨てる覚悟が)



「ありがとうございます、お母様。」



何故かは分からないけど今の私には謎の使命感があった。お腹の子の事を思えば絶対にお母様の力を借りた方が良い筈なのに。




---そしてその夜、私は持てる金品を持って屋敷から抜け出した。

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