第6話
「はぁっ、はぁ、ぁ、ん、」
10分ほど経っただろうか。走るたびにお腹に振動が伝わって、気持ち悪い。
(おなか、いたい…)
何度も何度もさするけど、この中の尿が汗になるわけでもなんでもない。むしろ、着替えの時に熱中症対策で飲んだ水が下に降りてきている気さえする。
ズボンをぎゅうぎゅう引っ張って、太ももは自然に内になって。でも走らないといけないから、不恰好な走りになってしまう。
(おしっこ、おしっこ、したい…)
「っはぁ、ぁ、はぁっ、」
走るのも、辛い。出ちゃいそう。立ち止まり、屈伸を繰り返す。どんどんどんどん、抜かされていく。だめ、こんなところで立ち止まってもなんの解決にもならないのに。ゴールまでこのおしっこを運ばないとならないのに。
「ぅ、っはぁ、むり、」
若干の前屈みで、のたのたと歩く。周りもいつしか人がまばらになって、かなり後方にいることが分かる。外周中に歩くだなんてありえないこと。タイムだって散々になるだろう。でも、無理。本当に限界。出口は力を入れすぎて、緩めた一瞬にヒクヒクと震えてしまう。
(でちゃう、ほんと、どーしよ、)
ズボンは引っ張りすぎて、手が白い。足は擦り合わせすぎてなかなか前に進まない。頭の中は真っ白で、ぼやぁと霧がかかったみたい。
「んぅぅっ、」
上がった息が膀胱に響いて息を潜めるから、苦しい。
「っは、っはぁ、」
お腹にギュッと手をあてて、腰を曲げて立ち止まる。地面に落ちる汗は暑いからなのか、冷や汗からなのかわからない。
(がっこう、もどろ…)
漏らすよりは絶対マシだ。そんでもっかい走ろう。この後のメニューも基本1人だから、居残りですれば良い。
「おいお前。何外周中に歩いてんだよ」
背中が強張る。後ろを振り返ることができない。
「返事しろよ、なあ」
「、っは、ぅ…」
「またサボりかよ。懲りねえな」
「ちがっ、」
「そういう身勝手な行動がチームの指揮をさげるんだよ。分かってるのか?」
「あとで、はしります、トイレ、がまんできなくて…」
「そんなの信じられるわけねーだろ。観念してさっさと走れ!!!」
「ひゃんっ、」
下腹を抑えた手を強く叩かれる。
「っは、はぅ、ぁ、ぅ、」
小さな小さな衝撃がおしっこタンクをゆるく揺らす。反射的に前をキュッと握る。
「ぁ、んんっ、ぁああっ、」
足をクロスさせて、片膝を上げて。それでも足りなくて、尻を突き出してステップを繰り返してしまう。
目の前に先輩が、それも俺をよく思っていない人がいるにもかかわらず、滑稽な格好はやめられない。だって、これをやめたらもっとハズカシイことになってしまう。
「うわっ、小学生みてえ」
「必死すぎてマジで草生える」
「そんなことしても無駄だから。さっさと走れ?早く行きたいでしょ?おしっこ」
「っっっっ~~~!!!!」
ゾワッ…
おしっこ、耳元からその誘惑が直に脳に到達する。おしっこ、おしっこしたい。トイレ、早く行って、この水、全部出してしまいたい。てか何で?いつもは冷たい声なのに、今はびっくりするぐらい楽しそうに俺を見てる。
グイッ
「んぁ!?」
もじもじもじっ、
「うわっ、こいつめちゃクネるじゃん。うなぎみてぇ」
「おトイレまでちゃんと我慢できるかなぁ~?」
ああ、そうか。今この人達にとって、俺はオモチャなんだ。困っている俺を見るのが楽しいんだ。
「あと10秒後に動かなかったら、もう一回お腹押しちゃおっかなー?」
何でちょっと戻っちゃったんだろう。また、進まなきゃならないのに。
手が離せないまま、走る。内股で、押さえてない方の手でズボンをぐいぐい引っ張って。
「ぎゃははははっ!!マジで傑作!!あー、スマホ持ってくれば良かったー、」
目の前がぼやける。恥ずかしくて、情けなくて、悔しくて。
(もう、いやだ、)
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