第2話

 最近ずっと心臓がドキドキしている。それは部活が近づくにつれて酷くなって、手汗が止まらなくなって、ずっと本番みたいな緊張の中、部活を終える毎日。練習が終わって家に着いてやっと、息がしやすくなって。味なんて分からないままご飯を食べて、お風呂に入って布団に入るとまた、ドキドキする。

「いきたくない…」

枕で頭を挟み込むようにして、目をギュッと閉じるけど、全然眠れない。

 なるべく、心を空っぽに。考えないようにして、それこそ羊を数えて。やっと眠ることが出来る。



 それでも睡眠の質は下がっていたみたいで。モヤがかかったみたいに纏う慢性的な怠け。どこが悪いってわけではないけれど、何故かボーッとしてしまうことがふえた。


「おい、おい嶋、」

「…何だよ…」

最後の授業の時間。突然隣の奴に話しかけられる。

「いや、お前、大丈夫か?」

周りの様子がおかしい。先生も、板書をやめてこちらを見ている。

「っ…」

ああ、わかった。つぅ…と生暖かい液体が頬を滑る。俺は、泣いていたのだ。

「保健室行くか?」

「しんどいのか?」

心配したような声が右から左から。後ろの奴は背中をさすってくれている。でも、当の俺は全然この理由も分からなくて。止めようとしているのに止まらない涙に困惑するばかり。

「すんません、気分悪いんで保健室行ってきます」

しゃくり上げそうになる声を抑えて、適当に理由をつけて教室を出ることしかできなかった。



 廊下を歩きながら考える。今保健室に行ったところで、熱はないだろうし、特に症状も見当たらない。未だ止まらない涙の副作用である鼻水がずず…と出てくる程度。 

 それでも行くところが無いから、とりあえず保健室にたどり着く。

「失礼します、ズ…」

「あらま、どうしたの」

ふんわりと香る紅茶の匂い。後ろに髪を束ねた白衣の先生がこちらに向かってくる。

「とりあえずベッド座ろっか。どうしたの?どこかしんどい?」

心配そうに、でも落ち着いた声。背中をさすられて、罪悪感が増してゆく。

「とりあえず熱測りましょっか」

「ッヒ、はいっ、」

やばい、絶対熱なんて、ないのに。最新型の体温計は計測が速く、無慈悲に平熱を表示する。

「あの、おれ、しんどくてっ、」

「そう。じゃあ少し寝ときなさい。今度からは泣いちゃう前に無理せず来るのよ?部活は休んで帰りなさいね?」

何かを記入している先生。誘導されたベッドに横になる。そしたら、さっきの怠けが嘘みたいにスーッと無くなった。

(こんなのただのサボりじゃん…)

思ってしまったのだ。上手くいった、今日の部活休めるかもって。

そんな姑息な自分に目を背けたくて、目を閉じて眠りについた。


1日休んで体が少し軽くなった気がする。朝練もサボってしまったけど。これ以上休んだら、きっともう戻れないだろう。

「おはようございます!!」

バクバクと跳ねる心臓を抑えて、いつものように挨拶をする。声がひっくり返ってしまった。でも、誰からの反応もない。いつものことだ、そう言い聞かせて、ロッカーを開けた。

「なに…これ…」


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