第3話

 ロッカーを開けた瞬間に広がる異臭。お菓子のゴミやら、飲み干されたペットボトル、泥にまみれた雑巾。

「もう来ねえかと思ったわ」

背後から聞こえる小さな笑い声。

「うわっ…汚ねえ…」

隣の先輩の迷惑そうに顰める顔。今、俺以外の人間は俺のことをどう見てるんだろう。俺、そんなに嫌われるようなことしたっけ。

(とりあえず、そうじ…)

「うわっ…素手かよ…」

「マジかよ…」

手が震えて中身の残っていた紙パックを落としてしまう。

「すみませんっ、」

「きったねえ…マジで迷惑…」

返事は帰ってこないけど、小さな声で文句は聞こえる。

なんで、俺のやつじゃないのに。

足元がぐらぐらして、見てる景色がぼんやりして、夢みたいに現実感がない。だからなのか、涙は出なかった。


「っふぅ…」

ゴミを捨てて戻ってきたら、誰もいない。練習が始まってしまったのだろう。

部室の雑巾を借りて、床とロッカーの中の汚れを拭き取っていく。

「あ…」

ガチャリと音がしたと思ったら、一個上の先輩が入ってくる。

「おはようございます‼︎」

「…うん、おはよう」

俺しか居なかったからだろうか、久しく帰ってくる挨拶。まあ確かに、傍観者の方が多いのだから、そういうこともあるよな。

(そうだん、してみよっかな…)

もう、結構疲れてしまっていた。挨拶を返して貰っただけで、良い人だと思ってしまえるぐらいに。誰かに、吐き出してしまいたかったのだ。

「田村、先輩でしたよね…」

「…まあ…そうだけど…」

「あの、おれ…今日きたら、ロッカー荒らされてて…」

「…」

「その前からも、もの、なくなったり、とか…してて…」

「ふーん、それで?」

「え…と…」

目が合わないまま、先輩は練習着をまとっていく。

「あのさ、君がそういうことされてるって二軍の人達全員知ってるから」

「はい…それで、困ってて…」

「だろうね。言っとくけど俺に助け求めても無駄だから。関わりたくないの。君だって俺の立場になったらそうなるでしょ?」

「…」

「話したついでに言うけど、君のゴミ箱の私物、ちゃんと持って帰ってね。じゃあ俺はいくから」


ゴミ箱?色んな感情が頭の中をぐるぐるしている中、部屋の隅の水色の箱を開ける。

「…あ…」

俺がいつも使っているバッシュ。ケースごと、それに、落書き付きで。黒の油性ペンで書かれているし、ケースはもう、使えない。靴も、踵のところが切られていて、履けない。

「シューズなかったら体育館、入れないな…」

手提げも何も持ってきてなかったから、一応それをロッカーの中に突っ込んで、部屋を出る。

「あれ?嶋じゃんどーしたの?」

「あ、みずき…」

「練習始まってんじゃねーの?ボールの音聞こえてたけど…」

「あ、やっぱ体調悪くて…」

「あー、今日も朝居なかったもんな。無理すんな?」

あ、やばい泣きそう。

「お、お前こそ何でここいるんだよ」

「あー、俺は水筒取りに来た!!」

「なら駆け足で行くべきだよなぁ…?」

「フガっ、せ、せせせせ先輩!?」

後ろにヌッと現れた人に途端に水城の声が震え始める。

「なーにくっちゃべってんだよ」

「いや、違うんっすよ!!あ、この人先輩、相川先輩。」

「あ、いつも怖いって言ってる…?」

「っへぇ…」

「いや、ちが、あの、その、怖いけど、」

「よぉーし、丁度良いし今日もランニング行くか」

「嫌っすよ‼︎俺はアップ済ませたんスから!!」

「ふーん。じゃあさっさと行け‼︎」

「はいっ!!じゃあ嶋またなー!!お大事にー!!」

建物の外に出ても聞こえる奴の声。

「相っ変わらず騒がしー奴だなぁ…お前、バスケ部?」

「っは、はいっ!!一年の嶋朝陽です!!」

「あ、一年なのに二軍入った奴か!やるじゃん

「いえ、まぁ…」

「練習は?」

「あ、今日は体調悪くて…」

「そうか、無理すんなよ。なら校門まで一緒に行くか」

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