第17話 A級昇級試験④(本番の始まり)

『ガァアアア』


 魔法使いの男を完全に亡き者にしようと、レッドオーガの追撃が振り下ろされる。

 瞬間、レッドオーガのこん棒が弾かれた。盾役の探索者が割って入ったのだ。


「今の内だ! 福内! 佐々木を連れて逃げろ!!」


 盾役の男はパーティーのリーダーに向かってそう叫ぶ。


「あ、ああ!」


 リーダーはそれに答えて震える足に鞭を打ち、魔法使いの男の所まで走る。そして抱えると盾役以外の二人に指示を飛ばす。


「宇佐美! 佐伯! 逃げるぞ!!」


 それに二人は怯えながらも頷く。そして後退していった。

 盾役の男も命を投げ打ったわけではない。【威圧】を放ちながらレッドオーガを牽制しジリジリと後ろに下がる。


 すると膠着状態にレッドオーガは業を煮やしたのか、50cm大の石を盾役の男の顔に向かって投げる。

 当たるのを防ぐために盾役の男は顔の前に盾を持ちあげた。


 ガンッ


 石が当たった衝撃と音が伝わり、盾役の男は盾を正位置に戻す。すると目の前にレッドオーガが迫っていた。


(しまった! 石を投げたのは陽動だったのか!!)


 盾役の男はガードが間に合わず、もろにこん棒の攻撃を食らってしまう。


「中村!!!」


 少し踏ん張ったが、背後で仲間が叫ぶ声が聞こえたのを最後に、盾役の男は意識を手放した。


「クソッ……! 中村がやられる!!」

「福内!! あれを見て!!」


 リーダーの福内が絶望した表情で、地面を殴る。それだけで地面に亀裂が走った。

 そこに仲間の女性、宇佐美が福内を肩を叩いて指をさす。


「次から次へ……どうなってんだよ……」


 福内の視線の先には青白く光り輝く魔法陣があった。それを認めて直ぐにその魔法陣は消滅し、そこに一人の男が立っていた。


 そう思うと男は消え、近くに居たレッドオーガが三体、空へ跳ね飛ばされた。そして空中で黒煙に変わる。


「なっ……」


 福内含め、その光景を見ていた生物たちは絶句する。

 そして瞬く間に他のレッドオーガも空に跳ね飛ばされ、黒煙に変わってしまった。


 今起きたあり得ないことが脳内で処理できず固まっている福内達の前に、突然今のレッドオーガを全滅させた男が現れる。盾役の男、中村を抱えて。


「ひっ……!」


 男が突然目の前に現れた事に失禁しそうになる福内。そして足をじたばたと動かして極力後ろに下がろうとする。


「おい、この盾の男は回復させておいた。そこの魔法使いも見せてみろ」

「お願いします助けてください殺さないでください!! ……え?」


 福内は命乞いを早口で捲し立てると、男の喋った言葉の意味をやっと理解し、呆ける。

 すると目の前に優しく、中村が下ろされそれでやっとハッとする。


「あの……お願いします!! 佐々木を治してください!!」

「分かった――《上位回復魔法》」


 すると変な方向に曲がっていた佐々木の四肢が、あまり心地の良くない音を立てて治っていく。


「これで完治したはずだ。あとは……これを食べさせてやれ。お前らも食べろ」


 そう言って男の横にまるで深淵の入り口のようなものが開く。そこに男は手を突っ込んで、蜜柑らしき果実を取り出した。


 訳も分からぬまま、福内達はそれを受け取る。するとふんわり柑橘系のいい匂いがした。その匂いのおかげで少しこれが現実だと実感できて来たようだった。


「あの、このご恩は忘れません! 本当にありがとうございます!!」

「ああ、じゃあな」


 男がそう言った瞬間、男の足元にまた青白い魔法陣が出現し、瞬間男の姿が消えったのだった。











《side:芳我竜真》


「ただいま」


 俺は野営地に転移で戻ってくるなり、そういった。

 目の前には大剣を構えている加奈さんが居た。振り返ると後ろには槍使いの男が構えている。


「な~んだ。びっくりさせないでよ~!」


 加奈さんが警戒と構えを解きながら、そう言ってくる。後ろの彼も構えを解いた。


「悪い。時間短縮でつい」

「いやいや、ついで使う物じゃないからね!? 転移魔法は! てっきり私は悪魔でも転移してくるのかと思っちゃったよー」


 加奈さんはそういって溜息を吐く。

 背後の彼は自分の持ち場に戻っていった。


「そういえば……加奈さんの隣のテントの見張り番の人は?」

「あ~なんか二人とも寝てるみたい」

「え、それ不用心過ぎじゃないですか?」

「そうだね~でも私達が守ってあげればいいでしょ」


 加奈さんはそう言って、大剣を背中の鞘に戻した。


「まぁそれもそうか」


 俺はテントを見ながらそう呟いた。




 それから特に何事もなく二時間半経過。日が昇り、辺りが明るくなった。


 と言うか、ダンジョン内なのに太陽とか存在してるのかね? 疑似太陽なのかな。しっかり地上が夜になったらダンジョン内も夜になるとか不思議だな。


 そんなことを考えていると、風間試験官がテントの中から出てきた。その手にはラッパが持たれている。え、なんでラッパ? と思ったがそう言えばそれで起こすとか言っていたなと思い出す。

 そして、そのラッパが吹かれた。


 風間試験官が吹くラッパの音を聞きながら、音で魔物が呼び寄せられるんじゃないか? と思いつつ自分と洋治のテントに目を向ける。

 すると洋治が盛大な欠伸をしながら出てきた。


「おはよう、洋治」

「おう、ふぁあ~おはよう」


 俺の挨拶に洋治は欠伸をしながら答える。

 そして全員が起きてきた頃ラッパの音が止み、風間試験官が喋り出す。


「おはよう!! お前ら! 今からお前らにはこの後の予定を指示する。よく聞けよ!! 試験官が今から朝食を配る! 食べ終わった後はテントを綺麗に片付け試験官に返却しろ!! その後は二十五層までダッシュだ!! いいか? 分かりやすいだろう?」


 風間試験官が相変わらずの大声でそう指示する。

 すると風間試験官以外の試験官が、受験者に携帯食料と水を配り始めた。

 俺も受け取り、テント前に向かう。すると後ろから朝飯セットを受けった洋治が近寄り、肩を組んでくる。


「一緒に食べようぜ」

「わかった」


 テントの前に座り、二人して携帯食料を食べ始める。

 天露蜜柑を食べた所為か携帯食料の味がとても味気なく感じる。水は普通に冷えてて美味しかった。


「竜真が見張り番してる間、何かあった?」

「あー、遠くの方から悲鳴が聞こえて助けたくらいかな」

「ほーん。……へ?」


 その後食事中、根掘り葉掘り問い詰められた。

 そして食べ終わった後、寝袋を折りたたんでテントも折りたたみ、試験官に返却する。


 他の組より早く終わったので、少し時間が空いた。

 洋治は俺と違って疲れているだろうし、三時間しか睡眠がとれていないから相当体に疲労が溜まっているはずだ。なので、深夜の間に作ったあの《通常級回復ポーション》を一本上げることにする。


 俺はポケットの中から取り出すふりをしてポケットに異空間収納を繋ぎ、そこから《通常級回復ポーション》を取り出す。


「洋治、これあげるよ」

「ん? ……これって、通常級の回復ポーション?」


 洋治は鑑定スキルも持っていたのだろう。渡したポーションの詳細が分かったようだった。


「疲れた時にでも飲んでくれ」

「なんで俺に……?」

「バディに倒れられちゃ困るからね」

「……っ! ありがとう!!」


 洋治は感激したような表情でお礼を言ってくる。

 そして丁度そこに号令が掛かった。


「よぉし!! じゃあお前ら! 準備は出来たな? 俺について来い!!」


 そう言って風間試験官は例の如く走り出す。

 それに追いつこうと俺達も走り出したのだった。


 風間試験官が魔物の攻撃を避け、魔物をこちらに寄こしてくる。それを捌き続ける事、約八時間。


 野営をした森の次の環境は、草原だった。その次に砂漠、浜辺と次に来たのは島だった。


 恐らくだが島の中心で風間試験官が減速し、立ち止まる。


「よぉし!! 着いたぞ! ここでお前らの試験をする!! 試験内容は、一対一でA級の魔物に勝て!! それが出来たら合格だ!! それと竜真! お前も一応倒してもらう!!」

「わかりました」


 これは納得の試験内容だ。俺は返事を返し、受験者の様子を観察する。


 試験内容を聞いてぎょっとしている人一名。表情一つ変えていない人三名。わくわくしてそうな表情している人一名。殺る気満々の人二名だな。


「最初は誰からやる!!」


 風間試験官がそう受験者に呼びかける。するとおずおずと手を上げたのは陽向君。

 俺はまさか陽向君が最初に手を上げるとは思っていなくて驚く。

 だって試験内容を聞いてぎょっとしてたやん。まさか手を上げるとは思わんて。


「よし、分かった! 青井、俺の居る場所に立て!!」

「は、はい!」


 陽向君は緊張しているのかぎこちない動作で、試験官に近付き試験官が立っていた場所に立つ。

 風間試験官はと言うと、俺達がいるところまで下がってきた。


 それから約二十秒が立った頃、俺の探知系のスキルに反応があった。陽向に猛スピードで近付いている魔物がいる。

 やがて草むらから音を立てて魔物が現れた。


 帯電した牛のような体に黄色の角。雷鳴牛らいめいぎゅうである。A級だ。


 雷鳴牛は陽向君をターゲッティングしたのか、大地が唸るような声を上げて電光石火の勢いで陽向君に突っ込んだ。

 それを軽やかに跳ぶことで躱す陽向君。躱されたのが分かったのか雷鳴牛は足でブレーキを掛ける。

 だが躱すばかりでは攻撃があてられない。どうする? 陽向君。


 雷鳴牛が足音を響かせながら振り返る。

 すると陽向君はやっと腰から短剣を抜いた。


「行くぞ!!」


 勇ましい声が辺りに響く。

 陽向君のその声に応えたかのように雷鳴牛が、突進の構えを取る。


 瞬間、轟音が響いた。

 恐らくは雷鳴牛が地を蹴り、雷を用いて加速した音だろう。


 雷鳴牛の角が陽向君の眼前に迫る。

 だが、陽向君の目は雷鳴牛の動きを寸分の狂いもなく捉えていた。


 刹那、疾風迅雷の如く陽向君の短剣が動いた。

 俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。


 雷鳴牛が横に逸れてとぼとぼと歩いたと思えば、その姿に幾千もの切込みが入り、ばらばらになって崩れた。


「す、すげぇ」


 何秒かの沈黙が続いた後、誰かが呟いた。

 それを皮きりに試験官達が拍手を送る。


「おめでとう!! 青井、お前は暫定A級だ!! ここで皆と観戦しているがいい!!」

「は、はい。有難うございます」


 いつの間にか納刀していた陽向君は、はにかみながら少し頭を下げこちらに戻ってきたのだった。

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