第16話 A級昇格試験③(野営)
木の上でミカンのような果実を食らうサル型の魔物、スプリングモンキー。
浅層とは言っても中層に限りなく近い十五層だからか、A級の魔物がちらほら見受けられる。
実はもっと上の階層でもA級の魔物と出くわすことはあるのだが、今回の試験では風間試験官がA級の気配を嗅ぎ分けていたのかA級の魔物を避けて移動していたのを俺は知っている。
風間試験官、絶対S級だと思う。
それはさておき俺は、それを食うんじゃねぇ!! とばかりに頭上に大剣を召喚してスプリングモンキーを串刺しにする。勿論同時に周りにいた群れと思わしきスプリングモンキー六体も串刺しにする。
その後は魔石とドロップ品を念力で拾って、ミカンを回収する。食べかけのは要らない。
今更だが、俺の倒した魔物だけドロップ品と魔石のドロップ率が非常に高いのは何故だろう。昨日このダンジョンに入ってから倒した魔物は必ずと言っていいほど何かを落としてくれる。
何故だ? 俺の運が良いのか? ステータスの運の値は文字化けしていて分からないが、相当高いのではなかろうか。
そう思いながら俺は寝袋の中で先程採ったミカンの皮を剥く。
俯瞰視&念力で採っていたからそこまで気にしていなかったが、このミカン大きいな。大体普通のミカンの1.7倍はあるだろうか?
そしてもぎ取った一房を一口に食べる。
「うまっ!!」
糖度たかっ! 糖度13はありそうだぞ? 一度食べたら忘れれない味してるわ。ダンジョン産の果物恐るべし。
む? やべっ、洋治がテントに戻ってきてる。
俺はミカンを皮ごと異空間収納に放り込み、寝たふりをする。
「どうした? なんか声が聞こえた気がするが……」
テントのチャックが開かれ洋治が中を覗き込む。その様子を目を閉じたまま俯瞰視で見ていた。
「美味しいな……むにゃ……」
「寝言か……意外と食いしん坊なのか? 竜真は」
秘技、寝言作戦。
洋治に変な印象を与えてしまった気がするが、まあそれは仕方ないか。不用意に大声を出した俺の罰だ。反省しよう。
俯瞰視で洋治の行動を見ていると、同じく見張り番の男女に話しかけに行っていた。何を話しているのか盗み聞きするのはなんか悪いのでスキルは使わない。
また異空間収納から先程の食べかけのミカンと皮を出して、一房ずつ食べ始める。
そう言えば今は何時だろう。腕時計を付けていた洋治はここにはいない。しょうがないので俺は《タイム・サーチ》を使って時間を見る。
02:13
交代まで後約五十分か。よしそれなら、このミカンの皮と薬草を使ってポーションでも作るか。
実はこのミカン、【鑑定】を掛けると《
そして実と皮には少しの治癒作用があり、食べた者の傷を癒すらしい。
因みにポーションと言っても、スキルを使って空中で皮の汁を抽出・あとは薬草の束をすり鉢の中に入れ、皮の汁と同量の水50ccを入れてすり潰しそれを皮の汁と混ぜるだけだ。そしてそれを瓶の中に移す。
すると合計100ccの《通常級回復ポーション》の完成である。
これだと大体25ccの極小ポーション四本分か、50ccの小ポーション二本分になる。
因みにカピカピになったミカンの皮は、その皮に残った栄養を生かす為に後々肥料にする。
残さず全て使う。それが俺流だ。
取り敢えず魔法で生成した四本の瓶の中に《通常級回復ポーション》の液体を入れる。そしてコルクで蓋をした。
さて、どうしようか。ポーションを暇つぶしに作ったのはいいとしても、時間が後20分ほど余ってしまった。
そう言えば俺はこの世界に着て睡眠というものをとったことがない。試しに目を閉じて寝てみようか。
………………やっぱり寝れないか。
しょうがない、少し早いけど目が覚めたと言って交代してもらうか。
俺は寝袋の中から出てテントのチャックを開け、外に出る。
すると近くで同じ見張り番と話をしていた洋治がこちらに気付き近付いてくる。
「竜真! どうした? 目が覚めたのか?」
「ああ、目が覚めた。俺の休憩はもう十分、だからもう後退して大丈夫だよ」
「……でも後17分は横になってても良かったんじゃないか?」
洋治は腕時計を確認しながらそう言ってくる。
「いやいや、洋治も少しでも多く寝た方がいいって。この夜が明けたら本番だぞ?」
「そりゃお前だって……あ、そうかもう竜真は受かったんだっけか」
「そう、だから洋治がぐっすり寝た方がいいんだよ」
「そ、そうか。分かった、ありがとう」
渋々頷いた洋治が他の見張り番に声を掛けてテントの中に入っていく。
何故洋治は俺に休ませたがるんだろうか。中ボスの戦闘で疲れてると思ったからとかかな?
そんなことを考えていると、他の見張り番が近づいてきた。
「す、少しの時間だけだけど、よろしくお願いします……竜真さん」
「よろしくねー! 竜っち!」
そう声を掛けてきたのは男女二人。待合室で素振りをしていた男と、俺が着た後に入ってきた女性だ。
素振りをしていた男はその時は勇ましい印象があったのに、今はひ弱な男性と言った印象だ。女性の方はなんというかノリが軽い。
「ああ、よろしく。お二人さん」
もう一人の見張り番は自分のテントの前に座り込んで、魔物の気配を探っているようだ。見張り番の試験官は焚火の番をしている。
「あたしのことは
「あ、僕の名前は
これは俺も自己紹介する流れかな。
「俺の名前はご存じかもしれませんが、芳我竜真です」
そう言って握手を求める。芽衣さんはすぐさま手を取って、ぶんぶんと握手する。陽向君はおずおずと手を握って少し頭を下げた。
その後十数分は雑談を交わしながら、見張り番をした。
すると交代の時間になったのか、二人は一言「お疲れ様です、お先に失礼します」と言って芽衣さんは欠伸、陽向君背伸びをしながらテントに戻っていった。
そして芽衣さんの入れ替わりでテントから出てきたのは、あの羞恥心皆無の少女だった。
彼女は少し寝ぼけた表情で目を擦り、俺を認めると小走りで近付いてきた。
「おおーっ! 竜真君じゃないですか!! 尊敬してます! 握手してください!!」
謎にハイテンションな彼女は、キラキラした目で握手を求めてくる。
「お、おう?」
俺はそのキラキラな圧を受けて困惑しながら、手を握った。するとぶんぶんと振りまわすように握手してくる。というか何故に敬語。
そしてやっと手を放してくれる。
「自己紹介がまだでしたね! 私の名前は
随分と物騒な得意だなあ! それを面と向かって言えるはずもなく、俺は陽向たちにした自己紹介と同じことを述べ、「よろしく」と言う。
「それにしても、私、気になることがあるんです」
加奈さんはそう言って腕を組んだ。
「普通、A級ダンジョンとは言っても十層の中ボスにあんなに強い魔物は出ない筈なんですよ」
「どういう事だ?」
「もしかしたらあの中ボスは、人の手によって強化されたものじゃないかと私は睨んでいるんです!」
なるほど。
「確かにあり得なくはない。でもどうしてそんな何の得にもならないことをする必要があるんです?」
「それが分からない所なんですよねー。そもそも魔物を強化するアイテムは日本では確か使用も取引も禁止されているはずです。見つけたとしてもD資源管理庁に報告して回収してもらわなくてはいけません」
「へぇ、物知りですね」
「いやいや、これくらい探索者なら知ってますよ!」
そう言いながら加奈さんは自慢げに胸を張る。
というか、その常識すら知らない俺。やばいのでは。
試験を終えたら、真剣に探索者とダンジョンに着いて勉強しよ。
そう思った瞬間、遠くの方から悲鳴が聞こえてきた。
思わず俺達は身構える。
「なに? 今の悲鳴……」
俺は【遠視】スキルを使い、悲鳴が聞こえてきた方向を見る。するとそこには五人組のパーティーと思しき人間が魔物と交戦していた。その内盾役の男一人と、杖を持った魔法使いっぽい男一人が負傷しているようだ。
そして魔物の方は、赤黒色の肌に腰には何か野生動物の皮を纏っている。局部を隠すためだろう。そして手にはこん棒を持っているようだ。
この魔物の名前はレッドオーガ。俺も過去に何度か斃したことのある魔物だ。それが十二体ほどいる。
彼らパーティーは絶体絶命だろう。
「加奈さん、少し助けに行ってきます。五分したら戻るので」
「ええっ!? 私も行きます!」
「失礼ですが、それじゃあ遅いので。では」
俺はそれだけ言って、その場から転移魔法で名も知らぬパーティの、恐らく野営地に飛んだ。
◇◆◇◆◇
「聞いてない……! こんな浅層にA級魔物の群れが出るなんて!」
五人パーティーの中のリーダーらしき男が、若干錯乱状態でそう叫ぶ。
ああ、もうここで死ぬかもしれない。という恐怖がパーティー全員に伝染していく。
そんな中、唯一冷静だった魔法使いの男が火魔法でレッドオーガを牽制しながら、振り返って「お前らだけでも逃げろ!!」指示を飛ばす。が――
魔法使いの男が振り返った一瞬の隙を突いたのか、一体のレットオーガが魔法使いの男に一瞬で肉薄し脳天から一撃を食らわす。
「佐々木!!!」
「キャーーッ!!!」
このパーティーの役割として、今の攻撃を防ぐはずだった図体のデカい盾役の男が魔法使いの男の名前を叫ぶ。その横で蹲って様子を見ていた女性が悲鳴を上げた。
(何やってんだ俺!! 今スキルを使えば、佐々木は助かっただろ!! ……でも怖いんだ、自分の盾がレッドオーガの攻撃で壊れるのが、自分が死ぬのが)
盾役からして、自分の持つ盾は命と同等。なぜなら、盾が壊れればその身で攻撃を受けることになるのだから。
盾役として成長してしまった探索者は、ギリギリ受けれるくらいまでの攻撃への回避行動が遅い。回避と言う行動に素早く判断がつかないのだ。だが、自分の盾が耐えきれない攻撃が来る際はそれを見極め、回避を取る必要があるが。
この盾役の探索者は仲間の命と盾を天秤にかけ、どちらも取れなかった。それ故招いた仲間の致命傷。
その仲間の致命傷を見て盾役はやっと決心する。
(仲間を見殺しになんかできない。仲間を守り通すのが俺の役割じゃないか!)
と。
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