第4話 午後のダンジョン

 昼過ぎの公園……お昼ご飯を食べ終えた後でも元気のある子供たちが、わいわいと遊んでいる。

 その公園の隅のベンチで男は封筒をもって呆然としている。

 ――和也だ。


『無事に何の疑いも掛けられずに換金できたな。この公園に着くまで尾行もされていなかったぞ。素晴らしい』


 俺がそう言葉を掛けるもどこか上の空だ。これは奥の手を使うしかないな。


『そうだ、手数料の話だが――』


 そう言いかけると和也の顔がぐんとこちらを向いた。首の骨が折れるんじゃないかというほど早い挙動だった。


『——二割でどうだ?』

「それで」


 和也は即答した。その速さに俺は苦笑する。


『わかった、二割にしよう。小銭などの端数はくれてやる』

「マジですか、あざーっす!!」


 和也は俺の言葉にハイテンションでお礼を言う。気軽さが完全に中学生か高校生だ。


『計算したら58,600円だった。生憎、お札の両替は持ち合わせでできないので端数を繰り上げて六万をその封筒から抜き取ってくれ。あと小銭もだ』

「マジでありがとう。これで約二ヶ月の食費と会員費が手に入った!!」


 和也は立ち上がり、腕を天に突き上げて喜びを体現する。が、周りの遊具で遊んでいた少年少女たちにその異常行動が目に入るわけで……。


「おかあさん、あれなにやってるの?」

「見ちゃいけません!」


 と完全に変人、不審者扱いされていた。

 俺が人間の肉体を持っていたら、手を額に当て溜息を吐いていたと思う。


 すると和也は興奮がある程度収まったのか、封筒から指示した金額を取り出し自分のポケットに入れていた。

 それが終わると、俺に向かって封筒を差し出してくる。


『ありがとう』


 そう言って俺は受け取る。そして異空間収納の中にすぐさま入れた。

 念力で持ったまま移動すると、宙に封筒が浮いているように見えるからな。それに周りには子供たちがいる。すぐさま入れないとおかしいだろう。まぁ、風に飛ばされたとかで誤魔化せなくもないが。


『和也、これからお前はどうするんだ? 昼食か?』

「そうだねえ、牛丼屋にでも行って昼食でも取ろうかな。その後はまたダンジョンに行く。あっ、その前に銀行に寄ってこのお金を預けなきゃ」

『わかった。俺も付いていこう』

「おーけぃ」


 和也は立ち上がり、公園を離れた。その後ろをふよふよ付いていく。


 歩道を和也が歩いていると、周りの人が避けていく。恐らく、和也の腰の物が理由だろう。

 

 和也の腰にはナイフが二本下げられている。探索者資格を持っていないと銃刀法違反で捕まってしまっているだろう。

 それでも普通、探索者がダンジョンに行く際は得物を布に包むなり鞄に入れるなりして周囲の人に配慮をして隠すはずだ。それをしていない和也はもし、警察や職員に見つかったら注意されるだろう。


 和也は換金を急いで、仮設更衣室で着替えを忘れていたのだ。

 ここは俺から注意しておいた方がよさそうだな。


『和也、周りを見てみろ。お前を見て怖がってるぞ』

『えっ? 俺そんなにニヤニヤしてたかなぁ』

『……はぁ、違う違う。お前の腰をよく見てみろ』

『……あ』

『やっと、気付いたか』


 和也は歩道の端によると、ベルトから鞘ごとナイフ二本を外し、俺に向かって『異空間収納にこれ入れてくれない?』と言ってきた。

 しょうがないので異空間収納の入り口を開ける。そしてその中にポイっとナイフ二本を入れた。

 それを周りの通行人が凄い目で見ている。


『服は……仕方ないな』

『そうだな』


 和也は横腹辺りに穴をあけた服を一瞥すると、肩を落としてまた歩き始めた。


 その後和也はチェーン店の牛丼屋に行き、昼食を済ませるとダンジョンに向かい始める。


『今の時間は何時か分かるか? 和也』

『う~ん、スマホを更衣室に置きっぱだから分からない』

『そうか』

『そういえば、銀行にも行こうと思ってたんだけど、財布も更衣室にあるから預け入れれないや』


 和也はそう言って、あはは~と頭を掻く。

 ナイフの件もそうだが、あはは~じゃねぇよマジで。


『ダンジョンの帰りに銀行に寄ろうかな』

『それしかないだろうな』


 それからダンジョンまで歩くこと二十分後。


「うおっ、大分人増えたなぁ……午前中はテント近くには二、三十人位しかいなかったのに、今は六十人くらい居ないか?」

『確かに、二倍くらい居るな』


 ダンジョンを囲むようにある仮設広場には、六十人以上の武装した人間が集まっていた。その規模を軍隊で例えると、中隊くらいだろうか? かなりの数が居る事が分かる。

 それにプラスして、ダンジョン内に潜っている人を合わせたら、もっといるだろう。

 

 和也は広場入り口に居た警察官にカードを見せると、すんなり広場内に通された。


 和也はそのまま仮設更衣室に行くと、和也が使っていたであろうロッカーを開け、バックから財布を取り出した。そしてその中に例の現金を入れ、ロッカーに戻す。

 そして、スマホを取り出し時間を確認した。


『十四時三十八分だって』

『わかった。じゃあ十六時まで潜ろうか』

『おーけぃ』


 更衣室からでると、ダンジョン入り口付近にあるテントから顔を覗かせる職員にカードを見せ、ダンジョン内に入っていく。


 入ってすぐの洞窟内に、探索者たちが何か所か屯して話し合っているのが見える。

 聞き耳をたてると、今日は何層まで潜るか話している人や、戦利品の分配方法を話し合っている人もいるようだ。


 あ、そういえば戦利品の分配の話をしていなかったな。


『和也、戦利品の分配はどうする?』

『5:5でいいんじゃない?』

『そうだな』

『因みに何層まで潜る?』

『このダンジョンは何層まであるんだ?』

『朝の時点ではまだ調査中だったような。最低十層はあるんじゃない』

『じゃあ三層まで潜ろう』

『はいよー』


 話し終わると和也はダンジョン内を駆け足で進む。

 だが、奥に行っても行っても人がいる。魔物は発見できるものの、それは戦闘中のものばかり。


『中々フリーな個体がいないな』

『人が多い上に一層だからね。しょうがないよ』


 和也は駆けながらそう返してくれる。もう完全に念話には慣れたようだな。


 それから五分ほど走った時だった。索敵魔法に反応があった。数は三体だろうか。その微小な魔力の周りに人間らしき反応はない。


『25m先に三体の魔力反応。この魔力量からして恐らくビッグスパイダーだろう』

「なっ!? それは本当か!?」


 和也は急に足を止めて、そう聞いてくる。


『ああ、本当だ。……ん? どうしたそんなに焦って』

「ビッグスパイダーはD級の魔物だ! それが三体!? 俺一人で戦えるわけがないだろ!?」

『何言ってんだ。俺がいるだろ』

「……あ、そっか。じゃあ二体は任せるよ?」

『おう、任せろ。――来るぞ』


 それを聞いた和也は俺からナイフを受け取り、構える。


 前方から足音を立てて現れたのは、黒い体に長く凶器のような足をもった、全長約3mの大蜘蛛だった。それが三体。


 奴らは和也を見るなり、『GYAAAAAAAAA』と叫びを上げ、襲い掛かってきた。

 

 見るに真ん中の奴が一番足が速い。両脇の蜘蛛は俺が仕留めよう。


『潰れろ』


 すると、両脇の蜘蛛は上から何かに殴られたかのように地面にめり込み潰れた。そして黒煙に変わる。

 

 俺の相手は潰れて死んだので、和也の方に目を向ける。和也はナイフで蜘蛛野郎の足を受け止めているところだった。

 和也はそのまま受け止めた足を逸らし、懐に滑り込み蜘蛛の顎にナイフを刺す。


『GYAAAAA』


 蜘蛛は短い悲鳴を上げると後ろに跳んだ。そこに間髪入れずに和也が肉薄する。そして一閃。蜘蛛の首が落ちた。


『ナイス、和也』

「はぁっ、はぁっ。魂さんもお見事だよ」

『ありがとう。魔石は二つドロップしたようだぞ』

「マジ!?」


 俺の言葉を聞いた和也は、直ぐに地面にへばりついて魔石を探し始めた。


「あった!!」


 俺が転がすまでもなく今回は見つけれたようだ。


「さぁさぁ、どんどん行こう!」


 直ぐにご機嫌になる和也。なんて現金な奴なんでしょう。俺はそんな現金な奴の後ろ姿に付いていきながら、気配に気づく。


 なんだ……? 遠目に後をつけられている……? それに魔力量としては和也より大きい。だが敵意は感じない。これは放っといていいか。


 俺達はそのまま二層に着き、魔物を倒しに倒しまくった。その数約二十匹ほど。それを超えたところで、和也が疑問を口に出した。


「魂さん、なんか接敵率多くない? いつもの倍は戦ってる気がするんだけど……」

『そうなのか? これが普通だと思うが……』

「あっ、もしかして魂さんの索敵が魔物を引き寄せてるんじゃ?」

『あーその可能性はある』


 そう、索敵魔法の魔力の波を辺りに広がるにあたって、魔力が魔力を持つものに当たると発動者はそこに何か魔力を持つものがあるとわかるのだが、逆に魔物も魔力の波が自分に当たったことに気付くわけで……その波の発信源に寄っていく可能性があるのだ。


 それに欠点に今更気付く俺。他の索敵を使うことにした。


『すまん、これからは違う索敵を使う事にする。悪かった』

「いいよいいよ、そのお陰でこんなに魔石が集まったんだし」


 そう言って和也はポケットに手を突っ込み、魔石を取り出して見せる。

 そこには六個の魔石があった。


『そう言ってくれると、有難い。だが、違う索敵を使う事にする』

「分かった」


 その言葉を聞いて俺は思い浮かんだスキルを試しに発動してみる。


 【魔力感知】ON!


 すると暗闇の先や遥か遠くの魔物や人まで、はっきりと居場所が分かった。それに時々まばらに小さな魔力を持った石のような物が、落ちているのが分かった。

 恐らく魔石だろう。探索者が取り忘れたであろう魔石だ。


 完全に索敵魔法の上位互換じゃないか。素晴らしい! 最高だ!!

 俺は念話に出さず興奮する。

 だが、これを和也に教えるかどうか迷う。あのドロップ品の亡者の事だ、取り残し魔石の事を教えたらすぐ飛びつくだろう。その取りすぎるのが問題だ。


 換金時、あまりにも多くの魔石を換金すると疑われるだろうし、顔を覚えられるはずだ。それだけはまずい。やはり教えないでおこう。

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