第六夜 白スーツ男と銀のナイフ

 いつの間にか、暗い屋敷を駆けていた。そばには自らの母親がおり、ともに駆けていた。息切れを起こしそうになっても、床板の一部につまずきそうになっても、前へ前へとひたすら走り続けた。その理由は、後ろから迫りくるものにあった。

「だぁいじょうぶだよぉぉぉ~、いたぁいことは、なぁんにもしないからねぇぇぇ~」

 白いスーツを着た、背の高く恰幅かつぷくのいい男。その眼鏡とひげ、白くなった髪はまるで某フライドチキン専門店の創業者を連想させた。

 男は、自分たちとほとんど変わらない速度で延々と追ってきている。そのことに自分たちの恐怖は一層掻き立てられ、ひたすらに逃げ続けた。

 男からの逃走が始まってから数分後、いったいどこをどう逃げたのだろうか、曲がりくねった廊下の先にあるたった一つの部屋に自分たちは追い詰められていた。

 そこは見たところ、書斎しよさいのような部屋であった。一人用のソファと対面する机には、一メートルを超えるレベルで書類が積まれている。自分たちが入った方とは対面の壁には窓ガラスがいくつかはめ込まれているが、どれもはめ殺しでそこからは出られそうにない。

 そのほか様々なものが部屋には置かれたり積まれたりしているが、どれも状況打破には使えそうにもなかった。どうすればいいか後ろから聞こえてくる声を聴きながら必死に考えていると、母が何かを見つけたようだった。母は、

「早く! この中に入って!」

 と、壁の低いところにあった狭い棚に自分を押し込んだ。母が扉を閉じて数秒、向こうから男と母がもみ合うような声が聞こえてきて、扉が開く音とともにその声は遠ざかっていった。

 しばらく後、なんとか棚から這い出てみると、部屋には誰もいなかった。男も、母親も、どこにも見当たらなかった。自分は失意のままに館を脱出し、気が付けば目が覚めていた。


 ◇ ◇ ◇


 それから数日後、自分は同じような館で再びあの男に追われていた。あの日と同じように廊下を走る。唯一違うのは、母親がそのそばにいないことである。

 しかし、自分はあの時のことを覚えていた。なので、その記憶に従い、曲がりくねった廊下の先にある部屋にあった例の棚に隠れた。

 しかし、自分は一つ失敗を犯した。棚が少し、ほんの少しだけ開いてしまっていたのだ。

 それに目ざとく気づいた男は、棚を開くと自分を引きずり出す。

「うわぁぁぁ!」

 襟口をつかまれ、無理やり引きずり出された自分は悲鳴を上げる。男を見るも、眼鏡の向こうの目は窓から入ってくる光が反射してうかがうことはできない。しかし、口は喜悦に歪んでおり、自分に対していやおうなしに恐怖を想起させた。

「じゃ、始めちゃおうねぇ~」

 その言葉の直後、自分の首にナイフを当てられた。そして、自分の首が切断される。

 それはまるで、のこぎりで切断されるような感覚だった。ナイフの刃が往復運動しながら、少しずつ首を切っていくのだ。不思議と痛みはなかったものの、首に何かが食い込んでいく違和感があった。

 それが始まって数分、ふと致命的なものを切られた感覚があり、ふっと意識が飛び、目が覚めた。

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